あたしは別にシカマルと仲がよくない、って訳ではなかった。
でも、いのちゃんとかほど、仲がいいわけではない。
だから、思い切って告白したときにOKしてもらえてすごく嬉しかったんだ。
――でも。
「ねぇ、シカマル?」
「んー」
付き合っているといっても、ずっとこんな調子だ。
一応今日の様にシカマルの家に行ったり、シカマルがあたしの家に来たりもするけど、特に何をするでもなく二人とも別々の作業を行っている。
あたしは読書をしているし、シカマルはずっと昼寝をしている。
読書に飽きてシカマルに声をかけても、生返事が返ってくるだけだ。
付き合っている意味、あるんだろうか。
「ねぇ、シカマルったらー」
「んー」
本日何度目かの生返事を返した後、シカマルはごろんと寝返りを打った。
だいたい、昼寝といっても完全には寝てないんだから、もう少しマシな返事ができないんだろうか。
そう思ってプクーッと頬を膨らませると、シカマルがひょいと顔を上げた。
「……んだよ、。どうかしたのかよ?」
怪訝気に眉を寄せると、シカマルは上体を起こした。
「別にどうかしたって訳じゃないけど。……なんか暇だなーって思ってさ」
暇だから構ってよ、なんて恥ずかしくて到底言えるわけがない。
シカマルは眉を寄せると、もごもごと口を動かすあたしの顔をじっと見た。
「……将棋でもやるか?」
そういうことじゃないんだけどなぁ……。
もう諦めて、あたしはそばに置いた本を手に取った。
「いい。負けるって分かってる勝負なんかしたくないもん」
そう呟いて本を開き、それを読み出すと、シカマルはしげしげとあたしを眺めた後、言った。
「……関係ねェけどよ、お前最近ちょっと太ったんじゃねェか?」
ぴく、とあたしの耳が動いた。
気にしていない風を装って、引きつった笑顔で読みかけていた本を閉じた。
シカマルはくわぁーっと大欠伸をすると、また寝ころんだ。
「食い過ぎだろ、気ぃつけねェともっと太るぞー?」
ぶちぃッ、と頭の中で何かが千切れた。
あたしはすくっと立ち上がって仁王立ちすると、腰に手を当ててシカマルを見下ろした。
「………?」
少し怖じ気づいた顔であたしを見上げると、シカマルはたらりと冷や汗を流した。
すぅ、と大きく息を吸ってあたしは目を閉じた。
「余計なお世話よ、シカマルのバカ―――ッ!」
「ごめんごめん、待ったー?」
「大丈夫だよ、今来たとこだし」
そんなおきまりの会話を交わしながら、あたしといのちゃんは道を歩き始めた。
今日は一緒に買い物をしようと約束していて、こうして待ち合わせをしていたのだ。
「お昼はもう食べたの?」
いのちゃんが聞いてくる。
ううん、とかぶりを振りながらあたしは聞いた。
「どっかで食べる?」
「んー、焼き肉とか?」
いのちゃんは少し考えると言った。
構わないという風に頷くと、いのちゃんはじゃ、そうしよっかと呟いたあと、急にあたしの方を向いた。
「ねぇ、今シカマルとはどうなってるのよぉー?」
ぴくっと音を立ててあたしの体が硬直した。
不思議そうにいのちゃんが見てくる。
「……どうかしたの?」
「えー、と。ほんとにいろいろあったんだけど……。お昼食べながら話すわ」
「あら、そぉー?」
ほんとに今思い出してもまだ腹が立つ。
全く、女の子はデリケートなんだからねッ。
ちなみに、あの日あたしがシカマルの家を怒って出て行ってから、ずっと連絡を取っていない。
もう一週間くらいになるかな。
そうこうしているうちにお店に着き、店の入り口をくぐった途端、いのが弾んだ声をあげた。
「シカマルとチョウジじゃない、ぐうぜーんっ」
あたしはがっくりと肩を落とした。
運が悪い。とことん運が悪い。
焼き肉、って時点でシカマルと会うかもしれないってことに気がつくべきだった。
入り口からすぐのテーブルでチョウジとシカマルとアスマが大量の肉を喰っていた。
「……といのじゃねェか。珍しーな」
しかもシカマルはなにも気にせずに普通の対応だ。
あたしだけ気にしてバカみたいじゃん。
じとーっとシカマルを睨むが、不思議そうに見返してくる以外の反応はなし。
「相席でいいわよねー、」
「あー、うん。……もうどうでもいいよ」
やけくそ気味に返事をした後、二人であいている場所に座る。
もうすでにチョウジが手をつけていた肉の山から、何枚か適当に取り出し、網の上に並べた。
「いっとくが、今日は各自負担だからな」
アスマが念を押すように言うと、チョウジといのちゃんが不満の声をあげた。
「おごりって言ってたじゃんっ」
「最初より二人も増えたんだからしょうがねぇだろ」
ぎゃあぎゃあと口論を始める三人を尻目に、あたしは焼き上がった肉を食い続けた。
もうどうにでもなれ。
こうなったらもうヤケ食いよッ。
赤字になろうがそんなもん知ったこっちゃないっ。
幸い、今日あたしの財布には結構な額のお金が入ってるし、払えないなんてことはないはずだ。
ガツガツと犬のように肉をむさぼっていたあたしを楽しそうに眺めていたシカマルが、ぽつりと呟いた。
「そんなに食ったらまた太るぞ?」
ぴた。
あたしは箸の動きを止めて、下を向いた。
「シカマルなんてね……シカマルなんて……」
並々ならぬあたしの周りのオーラに、いのちゃんとチョウジとアスマが黙ってこちらの様子を伺った。
「シカマルなんてっ、ぶくぶくに太ったあたしに押しつぶされて死んじゃえばいいんだッ」
なんでこいつはこんなにデリカシーってもんがないんだ。
目の奥がじんわりと熱を持ってきたのを感じて、あたしはさらに下を向いた。
泣いてたまるか。こんな奴の、デリカシーに欠けるセリフのために、涙なんて流してやるもんか。
「………」
ずっと黙っていたシカマルが、頭を抱えながら言った。
「……、お前まだこないだの事怒ってんのか?」
それを聞いてあたしの涙は一気に退いた。
ほんとに、こんな奴のために涙なんて流したら、ろくな事ないわッ。
「怒ってるに決まってるでしょッ。だいたい、仮にも彼女にそんなこと……」
そこではたと気がついた。
あたし、シカマルに「好き」って言ってもらったこと、一度もない。
そりゃ確かに、告白したのはあたしだけど、もう何ヶ月も付き合ってくれてるんだから、シカマルもとっくにあたしのこと好きになってるんだと思ってたけど。
そう思ってたのは、あたしだけだったのかも……。
心の中に不安が広がっていく。
「……ねぇ、シカマル。あたしのこと、好き?」
ぽつりとそう聞くと、シカマルは小首をかしげた。
「はァ……?」
「――もういい。シカマル、もう別れよ?あたし疲れちゃった」
シカマルが絶句する。
あたしは静かにシカマルをみると、とっとと店を出ていった。
店には、呆然としているチョウジといのちゃん、ニヤニヤと笑っているアスマと、頭を抱えているシカマルが残された。
「ほんっと、信じらんないと思いませんッ?」
そう言ってカウンターをばん、とたたく。
一楽の店長さんが困った顔をしてあたしを宥める。
「いや、確かに彼にも悪いところはあるけど、いきなり別れる、っていうのは飛躍しすぎだと……」
「だって今までだってこんなこと、何回もあったんですよッ?」
ヒステリックにそう叫ぶと、あたしはラーメンの汁をすする。
あーあーと店長が頭を抱えた。
あたしは再びラーメンの器と向き合い、ちびちびと麺を食べ始めた。
そのとき、後ろから誰かがやってきてあたしの肩を掴んだ。
「……ったく。世話かけさせんなよ」
「――離してよ」
片手をあげてそれを払おうとするが、腕を掴まれる。
横目でシカマルを睨むが、少しも物怖じせずシカマルは睨み返してきた。
「ちょっと来い」
「やだ」
「いいから来いッ」
シカマルが急に大声を出したので、周りの視線が一気にあたしたちに集まった。
あたしは冷静を装ってシカマルの手を払った。
「――見て?あたしまだラーメン食べてるの。半分も残ってるの。残したままこの店をでろっていうの?」
そう言ってラーメンを食べ続ける。
ふぅ、とため息をつくと、シカマルはいすに腰掛けた。
「なぁ……悪かったと思ってンだよ、オレ」
「………」
つーん、とそっぽを向いたままラーメンを食べ続ける。
「だからよォ……いい加減機嫌直せよ……」
その言葉も無視してラーメンを食べ続けていると、シカマルは不意に手をのばして割り箸をとった。
ぱき、と割り箸が割れる音がして、その箸があたしのラーメンを掴んだ。
「オレも食う」
「やめてよ……」
心底嫌そうな顔をしてみせると、シカマルもだるそうな顔をしながら言った。
「とっとと終わらせてェんだよ」
そのまま黙々とラーメンを食べ続けるシカマル。
あたしは呆気に取られて、箸を動かすのをやめていた。
「ほら、食い終わったぞ」
そう言ってポケットからお金を出すと、カウンターに置いた。
そして、有無を言わせずあたしの腕を掴んで道へと引きずっていく。
「なにすんのよっ」
ばたばたと暴れるが、あっさりと取り押さえられて、どこかの建物の裏に連れ込まれる。
「……ちょッ」
ぐいっと壁に体を押し当てられ、あたしは眉をひそめた。
シカマルが黙ってあたしの目を見据える。
「お前、本気でオレと別れるつもりなのかよ?」
「…………」
普段のシカマルからは想像もできないほど、真剣みを帯びた言葉に、あたしはYESともNOとも言えないで黙りこくっていた。
「どうなんだよ、なぁ?」
その声は、少し困っているようにも取れた。
「……るさいッ」
なんであたしがせめられなきゃいけないのよ。
また目の奥がじぃん、と熱くなってきて、あたしは下を向いた。
「うるさいうるさいうるさいうるさいっ。なによッ!あたしの事好きでもないくせにッ!」
「………」
少し面食らった顔をしたあと、シカマルは言った。
「――オレが、お前の事好きじゃないっていつ言った?」
「言ってないけど……でも……」
もごもごと口ごもるとシカマルは急に口調を厳しくした。
「だろッ?だったらなんで、そんなこと言うんだよ?」
「だって……。
シカマルあたしのこと好きって言ってくれたこともないし、
告白したのもあたしだし、付き合ってもう何ヶ月もたつのに、
……キス……はおろか、手ェ繋いだこともないしッ。
それに、シカマルは無神経だしッ。
あたしのことなんて、結局は何とも思ってないんだぁあッ」
言っているうちに涙がぼろぼろとあふれてきて、あたしはみっともないと思いつつも鼻をすすった。
シカマルの指がスッと伸びてきて、あたしの涙を拭った。
「……悪かった」
小さく呟かれたその言葉に、あたしはさらに涙を流した。
「ちゃんと、好きだから。だからもう……泣くんじゃねェよ」
「うわぁあぁぁーんッ。シカマルのバカぁーッ。泣いてやるーッ。もっともっと泣いてやるー。シカマルなんて、もっと困ればいいんだぁー」
横の道から、大人が何事かとのぞき込んでくる。
「お、おいっ。泣くなって」
慌てた様子でシカマルがあたしの頭を不器用な手つきで撫でた。
泣き声が大きくなるとは予想しなかったのだろう、相当慌てている。
「あーもーめんどくせェな」
シカマルがそう呟いたかと思うと、あたしの視界は急に変化した。
シカマルの顔がどアップで写っていたのである。
「………ッ」
あたしは涙を流すのも忘れて、目を見開いた。
互いの唇が触れているのだ、と、言うことに気がつくまで、数秒はかかった。
「ん――――――ッ」
そのまま相手が唇を離そうとしないので、ドンドンとシカマルの胸板を叩くと、シカマルはパッと顔を離した。
文句を言おうと口を開くが、真っ赤になって口元を覆うシカマルを見て、また口を閉じた。
「……ったくよー、こんなクソ恥ずかしいこと、何回もできっかよ」
恥ずかしそうに目をそらすシカマルに、あたしは唇をとがらせて言った。
「な、なによっ。今更とってつけたようにキスされても、何にも嬉しくないんだからッ」
それを聞いて、シカマルは急にニヤッと笑った。
「顔赤くなってるぞ」
「………ッ!!」
慌てて口元を手で覆う。
ケラケラと笑うシカマルを、あたしは恨めしげに見ていった。
「……シカマル」
「んだよ?」
「だいっきらい」
小さく呟くようにそう言うと、シカマルはまたニヤッと笑って言った。
「そうかよ」
そしてまた、長い長いキス。
Kiss me
(口べたなキミと、天の邪鬼なあたしとを繋ぐ、甘い甘いキス)
あとがき
えー、あたしはシカマルが
「太ってる」
なんて無神経な事を言うじゃない子と信じてます。
現に、よくチョウジを励ましてあげてますし。
その上であえてこれを書いたのは、ただ単にシカマルに
「こんなクソ恥ずかしいこと、何回もできっかよ」
と言ってほしかっただけなのです。
100パーセント自分のために書いた小説です。
ほかのもそうだけど。
04月16日 桃