日が落ちる。
今日も、やってくるかわからない相手のために、二人分の料理を作る。
昨日も、一昨日もその前も、彼はやってきてはくれなかった。
彼と彼の使える主君との武勇伝はもうかなりの数耳に入ってきていた。
忙しいのは分かっている。
でも、毎日夜が近づくと、ついつい淡い期待を抱いてしまうのだ。
今日は……来てくれるのだろうか。
一通り作り終えると、自分の分だけ皿に盛る。
一人で寂しく食事を取り、皿を洗って再び席に着いた。
机の上に数冊の本を置いて、待ち続ける形を取る。
分厚いページをめくっていくうちに、急に睡魔が襲ってきた――。
あぁ……ここ数日、ろくに寝ていないから……。
誰かが耳元で、
「ごめんね」
と囁いた気がした。
ページをめくるかすかな音で、目を覚ました。
ゆっくりと瞼をあげると、本を呼んでいた彼と目があった。
「……おはよう」
待ち焦がれていた、爽やかな笑みを向けられて、思わず泣きそうになる。
それを隠すために、あくびをしたあとのように目をこすった。
「久しぶり」
俯いてそう言う。
今まともに彼の顔を見たら、きっと泣いてしまうから。
本をパタンと閉じると、彼……ウェラー卿コンラートは私に本を渡してきた。
「あぁ、そうだな。……少し旅に出ていたんだ。――この本、おもしろいな。今度貸してくれないか??」
後半の問いには答えず、私は聞く。
「旅って……ユーリ陛下と??」
「……あぁ」
陛下の名前を私が口にしたとき、コンラートの視線が揺らいだ。
どこか遠くを見るような目つきになる。
その姿に、胸が締め付けられる。
「その本、持って行ってくれてかまわないわよ。読み返していただけだから」
立ち上がり、鍋のそばに寄る。
先ほど作った品々を暖めなおしながら、パンを切る。
暖まった料理を器に盛って、コンラートの元へと持って行った。
「ごめんなさい、大したものがなくて」
「……いや。充分すぎるくらいだよ。ありがとう」
申し訳なさそうに笑うと、彼はスープに口をつけた。
「おいしいよ」
「……そう。よかった」
会話がとぎれて、コンラートが食器を動かす音だけが部屋に響く。
「いつも、この時間まで待っているのか??」
ふいに彼が聞いてきた。
「え、えぇ……」
少々驚きながらもそう答えると、コンラートは少し考えて口を開いた。
「体は大丈夫なのか??」
「えぇ。大丈夫よ」
「そうか」
物憂げに、彼は窓の外を眺めた。
「外が真っ黒ね」
くすくすと笑って私はそう言う。
もうそんな時刻なのだ。
それに、今夜は新月で月明かりもない。
「あぁ。……俺の好きな色だ」
その目が、愛おしげに細められる。
きっと、双黒の魔王陛下のことを思っているのだろう。
「貴方は、いつでもユーリ陛下とジュリア様の事を想っているのね」
何気なくそう口にしただけなのに、コンラートは静かにこちらを向いた。
「辛いか??」
「……え??」
聞き返してからハッとした。
これは、言ってはいけない言葉だったのだ。
慌てて口に手を当てるが、口に出してしまったものは消しようもない。
「ちがう、違うの……」
「………」
ふるふると首を振って否定して見せるが、彼の瞳は悲しそうに光るだけだった。
食器を綺麗にそろえてから、コンラートは立ち上がり、本を手に持つ。
「食事、本当に美味しかったよ。ありがとう。
……今日は、もう帰るから」
広い背中が向けられる。
その背が、無言で謝っていた。
止めようとする私の声も聞かずにドアを開けると、彼はやっと振り返った。
「本当にごめんね。
もう、これからは俺の分の料理は用意しなくていい」
最後の方は、笑顔だった。
いつもと同じ、爽やかな笑顔。
私は、彼を止められなかった。
私が悪いんだ。
ただ食事をしてもらうだけ。最初はそれで我慢してたのに。
ほんの少し、欲が出た。
ユーリ陛下やジュリア様ほどまでは行かなくても、愛してるとか、好きだとか、大切だとか。
そんな言葉が聞きたくなってしまったのだ。
欲張りすぎた報いだ。
きっと彼は、二度とここには来ない。
それからずっと、私は一人分の料理を作り続けた。
友と呼べる者もいなかったし、出会う魔族と言えば、食材を売りに来る者だけだ。
孤独だった。
時々とはいえ、彼がこの家へ訪れてくれることがどれほどの幸せなのか、今更になって思い知る。
でも、もう遅い。
ある時、家に客が訪れた。
ちょうどパン生地を丸めていたところで、両手につく粉を水で洗い流してからドアを開けた。
「………っ!!」
思わず息をのむ。
黒に近い濃いめの灰色の髪。不機嫌そうに細められた深みのある青い瞳。
そしてなにより、眉間の皺。
「………グウェンダル閣下、でいらっしゃいますか??」
「……どこを見てそう判断したのかは分からんが、その通りだ」
声も見た目にぴったりの重低音だ。
彼の話なら、弟であるコンラートに聞いたことがあった。
「ご用件は……??」
おそるおそる聞く。
彼に見据えられると、何もしていなくても説教されているような気がしてしまう。
「弟のコンラッドが、世話になったと聞いた」
その名を聞いて、心臓がはねた。
動揺を悟られないように穏やかに笑って見せたが、責めるような瞳で見られ、俯く。
「過去の、事ですけど」
「そうは言っても数ヶ月前だ。過去と言うほどでもあるまい。
……それでだ。あいつが、大シマロンに下った」
私は驚いて顔を上げた。
「え……。えと、そうなんです、か……」
どう反応すればいいのか分からなかった。
聞きたいことは山ほどあった。
しかし、それを聞ける勇気が、私にはなかった。
「取り調べのために、奴の部屋を捜索した。その時に、これが発見されたのでな」
捜索した、といいながらも特に念入りにはしていないのだろう。
相手の表情を見てそう感じた。
きっと、彼も弟のことを信じていたいに違いない。
差し出されたものを見て、私は目を見開いた。
あのとき、彼が持って行った本だ。
ページをめくると、一枚の紙がはらりと落ちてきた。
その紙に何となく視線が吸い寄せられ、読み始める。
そして私はまた、泣き崩れる。
グウェンダルは静かにあたしを見下ろすと、小さい子にでもするかのように、優しく頭を撫でた。
その手のひらのぬくもりを感じながら、私は誓った。
ずっと待っていると。
『本をありがとう。とてもおもしろかったよ。
先日は、急に帰ってすまなかった。
最近、少し思うようになってきていたんだ。
このままでいいのかと。
君は別に構わないと言ってくれていたけれど、
このまま君に世話になっていていいのかと。
毎日、君に遅くまで待っていてもらうわけにはいかない。
だから、もう用意はしなくていい。
そう言った。
君は悲しんだかもしれない。
あまりにも身勝手な俺の言動に怒ったかもしれない。
それでもいい。
今はまだいろいろあっていけないが、
そのうちまた会いにいったときには、
おいしい食事を用意してはくれないか??
君はジュリアでもユーリでもないけれど、
俺にとっては安らぎの一つだった。
ただ、これ以上君を苦しめるわけにはいかないから。
しばらくの間、さよならだ。
きっとまた会いに行くから、
それまで待っていて。
君の満足するような答え、意味ではないかもしれないけれど、
好きだよ。
また君にいつか会える日を、楽しみにしているから』
おそらく彼は、これを家の前に置いていくつもりだったのだろう。
だけど、その前に大シマロンに行ってしまった。
何があったのかは分からない、知らないけれど、私は彼を待ち続ける。
そう誓った。
彼のものと少し似ている、手のひらの暖かさを感じながら。
待っているから。
I wait...
あとがき
初まるマです
コンラッドのキャラが崩壊いたしました
もーなにがなんだか。
あはははは
彼のしゃべり方、敬語か脅してる時かのどっちかしか知らないから
普通にしゃべるとどんなんなのかわかんなかったんだよっ
次は長編を書いてみよっかなー
グリ江ちゃんのやつ
06月28日 桃