母さんが死んだ。
女手ひとつであたしを育てていた母さんが死んだ。
原因は、働きすぎの過労死らしい。
純血の魔族である母が、人間と魔族のハーフの男を愛し、
クォーターとなった私を育てていくには周りからの弾圧に耐えなければいけなかったらしく、
それも死亡の主な原因のひとつだとあとであたしは近所の医師に聞いた。
その時にあたしは初めて、自分が周りから避けられ続けていたわけを知ったのだ。
悲しみにくれ、絶望している時間はなかった。
母の命を少しでも延ばそうと、手持ちの金はほとんど医者に渡してしまったし、
残った金も母の墓を作ることで飛んでいった。
生き延びるためには、食い扶持を得なければいけない。
しかし、魔族と人間のあいだの子となれば、雇って貰える可能性は無に等しい。
路地裏の荒くれ者どもをまとめあげてはいたので、腕に多少の自信はあったのだが、
なにぶん女なので兵士にはなりにくい。
そんなとき、少し離れた街に、十貴族の一人がやってくるという噂を聞いた。
十貴族に直接取り入れば、就職は楽だ。
そんな話をきいたのは、誰からだろうか。
襟元をねじり上げられながら考える。
……あぁそうだ。ダイアナだ。
あのバカ、次にあったときには半殺しにしてやる。
十貴族に取り入れば楽だって?? ……取り入ることが不可能じゃないか。
なんだこの女は。
あたしの方が背は高いのに。
筋肉もあたしの方があるはずだ。
どうして、こんな小柄な女に、あたしは締め上げられている??
澄んだ水色の瞳で静かにこちらを睨み、彼女は堂々と言い放った。
「目上の者に対する礼儀がなっていないようですね」
「……お前、いや……貴方は……??」
締め上げられて空気を求める喉から、無理矢理声を絞り出す。
「わたくしですか?? ……もしかして、わたくしを知らないのですかっ!?」
少々驚いたようで、喉元にかかる力が弱まった。
高いところで結った燃えるような赤毛をピシリと打ち、嘆かわしげに空いている方の手で額を抑える。
「なんということでしょう!! この、毒女アニシナを知らないとは……!! わたくしの知名度も落ちたものです」
「ど…く……??」
反復して言うと、相手はそうです!!と意気込んだ。
元気な人だ。
「あぁしかし、そんなことより、あなたがわたくしを知らなかったことの方が重大です!!
……本当に、知らないのですか??」
息も絶え絶えに、必死で頷く。
って言うかこの女、力が強すぎる。本当に女なのだろうか。
「そんなことがあってはなりません!! ……あら失礼、少々興奮してしまったようですね」
力があるようには見えない、か細い腕をぱっと離す。
自由になった首元を抑え、ここぞとばかりに空気を吸い込む。
数回深呼吸をした後、その『毒なんたら』を見やると、『毒なんたら』は腰に手を当てて語り出した。
まるで説教されているような気分だ。
いや、実際にしているのだろう。
「まったく、これだから昨今の男は駄目なのです!! 眞魔国一畏れられているわたくしを知らないなんて……」
自分で言うのかよ。
そこを突っ込みたくなったが、それよりも先に言うべきことがあった。
「あの……、ていうか、あたし、女なんですけど」
「………」
ポン、と手を叩いたあと、彼女は言った。
「いけませんね、このわたくしとしたことが。女性と男性を間違えるとは」
「………」
まぁ、それも仕方ないように思う。
今の私の格好は、動きやすいズボンだったし(ていうかそれしか持ってない)、
髪は長くも短くもない髪を後ろでまとめていたし、
声だってそんなに高くない。むしろ低い方だ。
ぱっと見で言うと、『女子っぽい男子』くらいの判断をされても文句は言えないような容貌だ。
「えーっと、あなたの用事は何でしたっけ??」
コホンと咳払いをした後、『毒なんたら』は聞いてくる。
あたしは彼女の瞳の水色を見据えて言った。
「あたしを、雇ってほしい。どんな仕事でもいいから仕事を……」
いつもどおりに『くれ』と言いかけてやめた。
先ほど彼女に胸倉を掴まれた原因が、それだったからだ。
「仕事を、ください」
使い慣れない敬語をどもりながら話すと、彼女は満足げに笑った。
「よろしい。仕事でしたら、わたくしの助手などはいかがですか??
力は弱いようですが、その瞳の色は気に入りました」
その言葉を聞いてあたしは初めて、どこの誰とも知れぬ、燃えるような赤い瞳をもっていたはずの父親に感謝した。
Near And Far その1 毒なんたら
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あとがき
やっと書けました
まるマ長編第一話です
あたしはあまりギャグは書かない(てゆーか書けない)ので、おもしろくないかもです
すみません
まだグリ江ちゃんは出てません
次に出ます
実は三話目まで下書きできてるんだけど、不出来のほうを優先してたので
んでもってまたオチ無ですみません
でも長編ってそういうもんじゃね??((違う
09月24日 桃