――霧氷透、通称ムヒョ。
最年少で執行人になった、天才。
今の魔法律業界の中では随一の腕前と思われる。
依頼人の宙継円――エンチューは、ムヒョへの嫉妬より、敵対している。
助手として、特例により二級書記官の資格を得た草野次郎――通称ロージーを採用。
二人で霧氷魔法律事務所を経営しているが、
草野次郎は実戦では何もしていない様子。
「……つまりは、戦力外ってことね」
霊が集めてきた情報を頭に叩き込み、あたしは眉を寄せた。
霧氷透。こいつが、あたしの胤を殺した……。
「胤がそんなに簡単にやられる訳ないと思ってたけど、
まぁ、史上最年少執行人とやらじゃ仕方ないか」
いくらあたしが最強だとは言っても、それは一般人の中の話だから。
ぶつぶつと呟いて、あたしは廊下の角を曲がった。
すぐ脇を、制服姿の同級生が通り過ぎていく。
呪い屋を営んでいるとは言っても、あたしはまだ16になったばかりだ。
高校に通って、一般教養は身に付けておかなければならない。
呪い屋稼業に支障をきたすので、
友達というものを作ったことはないけど、
高校生活はそれなりに楽しかった。
何より、学校という場所は霊が発生しやすいので、
仲間をたくさん得られる。
「……ん??」
ふと横を見る。
――女の子が廊下の隅にうずくまっていた。
なぜかその子はびしょ濡れで、廊下にも大量の水が溢れていた。
「……ん…さ…」
何か呟いている。
足を止め、静かに近づき、耳を澄ませた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「………」
これっぽっちも興味をそそられなかったので何かあったのかを聞く気もせず、
あたしは視線を背けようとして、――驚愕に目を見開いた。
たくさんの霊燐が、その生徒の体に付着していた。
嘘、どうしたらこんなに付くの??
「…………」
言葉をなくしてあたしはその子を眺めみる。
ネクタイの色を見るところ、一年のようだ。
あたしも一年だが、同じクラスではないようだ。
いくら人付き合いをしないとは言っても、
クラスメイトが誰かくらいはわかる。
「………」
少し悩んでから、声をかけた。
「気分悪いの?? 大丈夫??」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ…………え??」
呆然とした顔で見られる。
その瞳には涙が浮かんでいて、顔色は青く、あたしに言わせればもう末期だった。
あたしを認知したあと、その子はすぐに疑いの表情を浮かべた。
「……誰、ですか」
「あたし?? あたしは、ただの通りすがりの同級生だよ。
1-Hの。……知ってる??」
「あ、はい。確か……学年トップの……」
「そうですよー」
にこやかに返す。
ちなみに学年トップは実力でとった。
一応言っとくけど、霊の力なんて借りてないからね。
「それより、どうかしたの??
気分が悪いなら保健室とか……」
「いいですっ!!」
突然発せられた大声に、あたしは驚く。
一瞬申し訳なさそうにうつむいてから、彼女は言った。
「ごめん、なさい…。あの、病気とかじゃなくて、その……」
ごにょごにょと口ごもる。
言いにくそうにするその子の、髪から少し覗く耳に顔を近づけ……囁いた。
「ユーレイに困ってる、とか??」
「―――っ!! な、んで、わかっ…」
びくりと肩を跳ねさせる彼女に、薄く笑いかけてあたしは言う。
「あたし、視えるんだ。そういうの」
「……え…」
すがるような目。
――かかった。
あたしは内心、にやりと笑う。
「――ねぇ、魔法律って、知ってる??」
「魔法…律……??」
溺れる者は藁をも掴む。
例えそれが、初めて会話を交わした相手の提案であっても。
そしてその内容がうさんくさいとしか言いようがなくても、だ。
「……富山カナタです。えっと、その…チラシを見て来たんですけど……」
おずおずと言う、霊燐付着しまくり少女に
驚きの表情を隠さないまま、ひょろっとした男の子が椅子を勧める。
顔は上の中。まぁまぁモテるんじゃない??
あたしがじろじろと見つめると、
草野次郎は慌てたように背後のベッドを振り返った。
「ム、ムヒョ……。寝てないで、お客さんだよぉ」
「………」
なよい、なよすぎる。
これはモテないわ。
ドン引きの表情をなんとか引っ込めて、あたしはベッドに視線を移した。
不意に、やる気のない声が聞こえてくる。
「うるせェぞロージー。
まだ寝足りねェんだ、帰らせロ……」
「そんなの無理だよー。
今月お金ないんだから…」
「――チッ」
小さな舌打ちと共に、小さなベッドから小さな躯が起きあがる。
妙な寝癖のついた黒髪。小さな体躯。
冷たくあたしを見据える、双眸。
――間違いない。霧氷透だ。
目が合った時、あたしは瞬時に悟っていた。
あたしは笑みを堪えるのに必死だった。
嗚呼、なんて嬉しいんだろう。
こいつは、あたしのライバルに足る人間だ。
さすが、胤を殺すだけはある。
容赦なく、それこそ微塵の情も持たずに、叩き潰してあげようじゃないの。
一方相手は、あたしほどとは言わないが何かを感じとったらしく、
あたしから視線をはずさなかった。
「……ムヒョ??」
不思議そうに草野次郎が首をかしげる。
その言葉でやっと、霧氷透はあたしから視線を外し――、
富山カナタを見て眉を寄せた。
「……なんだ、こいつらは」
「と、富山カナタです」
「です」
自己紹介についで、富山カナタが自分の霊の話をする。
カナタの身の回りに異常が見られ出したのは、約二ヶ月前。
学校から帰ってカバンを開けると、
中に入っていた教科書、体操服などが
全てズタズタに引き裂かれていたらしい。
カナタは顔を覆ってうめくように呟く。
「最初はいじめかと思ったんです……。
まさかあたしにそんな、って…。
でも、その日はあたし、学校からまっすぐに帰ったから、
荷物をカバンに入れてから一度も…、
ほんとに一秒もです、
カバンを手放してないんですよっ」
それなのに、カバンの中身はズタズタになっていた。
これが人間の仕業だろうかと思ったそうだ。
まぁ、十中八九霊の仕業だろうけど…、
普通の霊がそこまで手の込んだ、めんどくさいことをするだろうか。
富山カナタに怨みがあって、
それをはらしたいのならば、
富山カナタにとり憑けばいいだけの話だ。
ふむ、とあたしは小さく唸る。
何か、事情がありそうだね。
「それからほぼ毎日…、
一瞬目を話した隙に上履きがなくなってたり、
教科書に落書きされたり……。
さっきは、誰もいないのにいきなり真上から水が落ちてきて……」
カナタは言って、涙を溢す。
それを冷めた目で見つめながら、霧氷透は口を開いた。
「仕返しとかじゃねェのか??」
「………仕返し??」
首をかしげるカナタ。
ヒッヒ、と嫌な笑い声をあげて霧氷透は唇を歪める。
「分かんねェならいいさ。
――さて、どうする??
今の話聞くところじゃ、全ての出来事は学校でおこってるようだが??」
鋭いな。
あたしは内心にやりと笑い、カナタが小さく頷いた。
「じゃあ、学校に侵入したらいいんじゃない??
明日くらいからでもさ」
草野次郎が言った。
うん、ありがと。
あたしは笑いを堪えるのに必死だった。
草野次郎、あんた最高。
おかげで怪しまれることなく、霧氷を学校に呼び出せる。
そして……、あたしの仲間たちでこてんぱんに叩きのめしてやるから、覚悟しときなさいよ。
罪深―ツミブカ―2
Next
あとがき
あぁもうほんま何事やろ
何が書きたいんか
わかんないです…
すみません
次は頑張ります
09月05日