愛を教えて その1 ヒツゼン

 人混みでごった返す市場を、は歩いていた。
 今日はどこかの店が特売をしているらしく、いつにも増して人が多い。
 は、小麦粉と砂糖を買いに来たのだ。
 お菓子を作るのが趣味で、の保護者もの作ったクッキーが好物であるため、小麦粉の消費量が尋常ではない。
 なので、はいつもこの、定期市にきていた。
 紙袋を両手で抱えて歩いていると、ぽつりと水滴が落ちてきた。

「あ…雨……」

 小さく呟き、走り出す。
 荷物を濡らしてしまったら、小麦粉が駄目になってしまう。
 人混みの中の隙間を縫って走っていると、誰かの方にぶつかった。

「あ、すみません……」

 運悪く、ぶつかった相手は柄の悪そうな男たちだった。
 相手は、の腕を掴むと、急に凄みだした。

「どこみて歩いてんだよ、あぁ?」

「ごめんなさい……」

 慌てて謝るが、相手は手を離さずに更に手を引っ張る。

「いってー、今ので骨、折れちまったよ」

 わざとらしくそう言うと、相手は手のひらを出してきた。

「……?」

「金だよ、金。慰謝料払ってもらわなくちゃ」

 ニヤニヤと笑う相手に、持っていないと告げると、相手は声を荒げた。

「んだと……このガキっ」

 がおもわず目をつぶったとき、男たちの中の一人が、誰かにぶつかった。

「……どけ。邪魔だ」

 はうっすらと目を開け、そちらをみた。
 赤い短い髪。不健康そうな肌。黒く縁取られた緑の瞳に、赤で書かれた「愛」の文字。
 我愛羅くん……。
 下忍になったときに、みたことはある。
 持っている力が強すぎて、みんなに持て余されていた。

「おまえは……砂爆の……」

 一人の男が恐ろしげに口に出した。
 しかし、相手はの腕を放そうとはしない。

「じゃあ、お嬢ちゃん。一緒にこっちにきてくれるかな?ちょっとお話があるからねぇ」

 ニヤニヤ笑いながら手を引っ張られる。
 相手に対して恐怖を覚えたは、我愛羅の方を向いて、

「助けて……」

 と呟いた。
 我愛羅は興味なさげにをみると、踵を返した。

 駄目か……。

 おどおどしながらが男たちをみると、男の一人が派手にこけた。

「なっ!」

 顔に砂をつけて起き上がろうとするが、地面でうごめく砂に阻まれて、起き上がることができなかった。

「その女を離せ」

 淡々とそう告げた我愛羅は、他の男の足下にも砂をまとわりつかせた。

「チッ、覚えてろよ」

 舌打ちをしての手を離すと、男たちは捨て台詞を残して走って逃げていった。

「あの……ありがとうございました……」

「………」

 感情のこもらない目での額をみると、我愛羅は呟いた。

「……下忍か」

「はい……」

「仮にも忍びなら、少しは反撃したらどうだ」

 黙っては俯いた。
 は術もろくに使えない、ただの落ちこぼれだ。
 下忍になれたことすら信じられないような状態なのに。

「……気が向いただけだ。今日のことは忘れろ」

 それだけ言い残すと、我愛羅は人混みに紛れて行ってしまった。
 しばらく呆然と立っていたは、自身がずぶ濡れになっていることに気がつき、呟いた。

「小麦粉……駄目になっちゃった」


愛を教えて  その1 ヒツゼン
(ただ、気が向いただけ)(でもそれはきっと必然)

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