やけに寝覚めが悪かった。
なにか、気分の悪くなるような夢を見た気がする。
昨晩も最後まであたしのベッドから離れなかったデイは、もうすでに部屋にいなかった。
布団がまだ暖かいところをみると、起き出したのは少し前のようだ。
「んー、体だるーい」
両手を上に伸ばしながらベッドから降りる。
まだ動きづらいが、足がもうだいぶくっついている。
すごいなァ。
「………あ」
こけた。
頭を、無駄にたくさん置いてある粘土細工に強かにぶつける。
だ――――。
大量出血。
とりあえず、そばに落ちていた布で床についた血を拭き取り、自分の頭をそれで押さえた。
ため息をつきながら部屋をでて、恋人の名を呼ぶ。
「デイー??デーイー。でー……ぶっ」
「おや」
誰かとぶつかった。
この声は、鬼鮫さんか……。
血をつけないよう配慮しながら離れると、鬼鮫さんが眉をひそめた。
「またケガしたんですか、あなたは」
呆れたように言う。
んー、何十回とやってきた事とはいえ、ひどいなぁ。
「……ね。デイ知らない??」
「あぁ、彼ならあちらでイタチさんとサソリさんとお話ししていますよ。
とりあえず、頭のケガを私が手当しておきましょうか??」
鬼鮫さんがそう言い切ったとき、聞き慣れた声が割り込んできた。
「誰がデブだ、コラ!! うんッ!!」
「…………」
うわ。いらないところで出てきてくださってまぁ。
……地獄耳め。
あたしと鬼鮫さんが同時に嫌そうな顔をして見せた。
「何しに来たんですかあなた」
「てかあたし別に『デブ』なんて言ってないんですけど」
「被害妄想という奴ですね、きっと」
「うん、そのようだね」
あまりに息のあった言いように、デイが少し驚いた顔をした。
「お前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ……うん??
それより……鬼鮫てめぇを狙ってンじゃねぇだろうな!?」
「うるさいですね……」
「あーもー削っちゃっていいよ」
あきれ顔であたしは鬼鮫さんに言う。
と、デイがあたしの頭のケガに気がついて大声を上げた。
「って!! またてめぇケガしたのかよッ!! うん!!」
「あー、うん。みたいね」
デイが盛大にため息をつく。
横からひょっこりとイタチさんが顔を出していった。
「ちょうどいい。、話すことがある。手当てしながら話すから、こちらへ来い」
「……??……うん」
イタチさんとデイと、鬼鮫さんとでぞろぞろと歩いて、サソリさんの部屋の前で足を止めた。
順番に中にはいると、サソリさんが待っていた。
「……よぉ、。………またケガしたのか、お前」
真剣にあきれ顔だ。
いい加減この反応も見飽きてきた。
イタチさんがどこからか包帯と薬をとりだし、あたしの頭に優しく触れた。
頭に当てていた布をゆっくりと取り外す。
デイが殺気を放った。
「……まぁ、手当はイタチに任せるとして……。
、大蛇丸って知ってるか??」
「……聞いたことはある、かな。木の葉の三忍だっけ??」
「そうだ。そいつは元暁のメンバーで、昔はオレとくんでた。
その大蛇丸が今、暁を狙ってるらしい」
消毒をすませたらしく、イタチさんが包帯を巻き始めた。
それを横目で眺めながらサソリさんは続ける。
「それで、その『裏切り者』を狩るようにリーダーは言ってるんだ。
その任務を受けたのがイタチと鬼鮫だ。イタチならあいつもしとめられるからな。
――で、だ。大蛇丸が何を狙って暁に近づいているか分かるか??」
突然質問され、あたしは慌てて首を振った。
「お前だよ、」
「……へ??」
予想外の答えに、少々間抜けな声を出してしまう。
ごまかすかのように頭を振ると、イタチさんが迷惑そうに睨んできた。
……ごめんなさい。
「えっと……なんであたし……??」
壁にもたれながら不機嫌そうにデイが口を開いた。
もちろんその視線の先はイタチさんだ。
「そいつは、の、『痛みを移す能力』がほしいんだとよ。
で、お前を捕まえて言うことを聞かせようって魂胆だな……うん」
「オレの手下が、そう伝えてきた」
サソリさんも言う。
「だから……だな。イタチどもとは別行動で、オイラたちがお前を守る。
イタチなんかには任せられねぇからな、うん!!!」
そう言ってイタチさんを睨み付けるが、睨まれた本人は意に介せず包帯を巻き続けている。
やがて、巻き終わったらしく、包帯を固定してからイタチさんの手が離れていった。
「大蛇丸がここを襲うのは三日後の、新月の夜だ。
それまでにその傷、治しておけよ」
足手まといになられると厄介だ。
そう呟いてサソリさんは部屋をでるよう指示した。
ひどい言われようだが、まぁ事実なので仕方がない。
この騒動がおわったら、ちゃんと忍術の勉強やってみよっかな。
「ね……、デイ」
部屋を出た後、デイの服の裾を引っ張った。
「うん??」
「その、なんとか丸ってひとがいっちゃったら、あたしに忍術教えてよ」
「……別にいいけどな、うん。それより、お前助かること前提で話してねぇか?? うん??
いっとくけどな、大蛇丸ってのはオレより強えぇんだぜ??
多分だけどよ、うん」
デイが口をとがらせて言った。
彼は、自分の実力をちゃんと分かっている。
他者の力も理解した上で、実力関係も正確に述べることができている。
こういうとこすごいよね、等と思いながらあたしはにっこりと笑った。
この笑顔に彼が弱いことを知っているから。
「強いってのは分かってるよ。でも、それでもデイは守ってくれるでしょ??」
「…………」
デイが大きく目を見開いた。
すぐにその表情がいつものものになる。
「当たり前だろ、うん!!」
ぎゅううぅぅッと、抱きしめられた。
あたしのそれに答えるかのように、彼の背に手を回す。
やれやれ、付き合いきれませんよ、と呟いて鬼鮫さんが歩いていった。
それを聞き流しながら、あたしはくすくすと笑った。
「ね。デイ??」
「……ンだよ??」
「大好き」
「オイラもだよ……うん」
今までいろんな体験してきたけど、やっぱりこの瞬間が一番好き。
変な胸騒ぎがして、飛び起きた。
ベッドの中で、デイが寝返りを打つ。
「……あー」
昨日も、一緒にねたんだっけ。
頭を抱えた。
ここ数日、このパターンが多すぎる。何度、ベッドからデイを押し出そうとして失敗したことか。
せっかくあたしのものにしたのに、これじゃあ二人共有のベッドと大差ないじゃないか。
部屋の脇にある、小さな窓から月を見た。
そして、胸騒ぎのわけを知る。
月はまるで、薄く笑った唇のよう。
新月が、近づいてきている。
「………来たぜ」
ゼツが急に姿を現して、言った。
デイがあたしに小さく囁く。
「オイラのそば、離れるんじゃねーぜ……うん」
「分かってる……あ、デイ」
粘土を取り出していたデイが、こちらを振り向いた。
彼に向かって黒い小さな塊を投げつける。
「………??」
「あげる」
遠視鏡を受け取ると、デイは急に慌てだした。
「いいのかよ、うん??これは、お前が使ってる奴じゃ……」
普段はあたしがそれを使っていた。
といっても、滅多に使いはしなかったが。
「ん、いいよ。どうせ全然使ってなかったし。デイの方が使う機会多いでしょ??
それに、あたしのはまた作ればいいし」
本当は、誕生日に渡したかったのだけど。
そう言おうとしてやめる。
変に胸騒ぎがする、なんて、言えなかったから。
もうあえない気がする、なんて、絶対に言いたくなかったから。
「――でも……」
まだデイが食い下がろうとしたとき、轟音が鳴った。
アジトの天井が崩れ、土や瓦礫が振ってくる。
「え……」
あたしは上を見上げて、声を失った。
今まで見たことのないような大きさの蛇がいた。
「―――ッ!!」
瓦礫の向こうから、デイが手を伸ばした。
その手にすがりついて、デイのそばへ寄った。
「安心しろ、オイラが守ってやっから」
そうはいいつつも、かなり焦っているようだ。
震える手で粘土を手の口に喰わせると、鳥を作り出す。
「乗れッ!!」
まだ、その手は震えている。
あ、この前のことでか……。
きっとデイは、今回もあたしを守れないんじゃないかと、そう思っているんだ。
のばされた手を掴んで、鳥にはい上がる。
すぐ横で、イタチさんが大蛇に幻術をかけていた。
鳥が、ゆっくりと舞い上がった。
「しかし、大蛇丸本体はどこにいやがんだよ……うん」
早速あたしの遠視鏡を使っている。
その姿がなんとなく愛しくて、あたしはデイの体を強く抱きしめた。
また一匹、大蛇が現れて鳥に向かって尾を振った。
「くそっ」
間一髪でよけながら、デイが自分の手をさする。
あたしは、デイにしがみついたまま、彼を落ち着かせようと声をかけた。
「デイ……」
「……。分かってる……うん。こんな震え、すぐに止まる」
そうだったらいいけれど。
不安に瞳を揺らすあたしとは逆に、挑むように前を見据えると、デイは起爆粘土を蛇に向かって落とした。
爆音が響き、大蛇がのたうち回る。
「よし……」
「デイッ!!」
あたしは叫んだ。
のたうち回っていた大蛇の尾が、こちらに向かって叩きつけられていたのだ。
「チィ……」
急旋回するが、間に合わない。
大きな尾がぶつかり、鳥が揺れる。
あたしはバランスを崩した。
「きゃ……」
落ちる、と思った。
しかし、手首が掴まれ、なんとか空中にとどまれた。
デイが、顔を歪めてあたしを肩まで引き上げる。
「くそ……あいつら、下で待ちかまえてやがる……」
その声に、思わず下を見る。
地上では、数匹の大蛇が大口を開けて待っていた。
「イタチのヤローは……なにやってんだよ……うん」
呟きながら遠視鏡で下を見たデイが、息をのんだ。
すぐに、その表情が怒りに変わる。
「大蛇丸が、いる……。オイラが手を離すのを、蛇のように待っていやがるんだ……うん」
そういいながらも、デイはあたしを引き上げようとした。
しかし、鳥もバランスを崩しているらしく、デイの方がこちらに寄ってきている。
目を閉じて決心すると、あたしは言った。
「離して、いいよ」
「はぁッ?? んなこと、するわけねぇだろ、うん!!」
「だって。言うこと聞いたら殺されはしないでしょ?? だから……いいの」
「バカかお前ッ!!」
デイが語気を荒げた。
怒られることは分かっていたので、あたしは小さく肩をすくめた。
「そうなる確証もねぇのに、そんなことっ!!」
「そうなるよ。……それに」
あたしはいつものように笑って言った。
「デイが、助けに来てくれるでしょ??」
だって、まだ手が震えてるもの。
きっとあたしを完全に引き上げられはしない。
運が悪ければ、二人とも……。
「生きてたら、きっとまたあえるよ。だからさ」
最後の力を振り絞って、顔をデイに近づける。
その唇に口づけると、あたしはまたにっこりと笑いかけた。
「ばいばい、デイ。愛してるよ」
掴まれていない方の手で、呆然としているデイの指を引きはがす。
―――そして。
あたしは全てのものを手放した。
「―――ッ!!!」
落ちていく最中、デイの叫びを聞いた。
きっと次また会ったときには、彼は一度「バカ」って怒って、それからあたしを抱きしめるんだ。
あたしがそれを好きなのを知っていて。
不出来の芸術 その5
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あとがき
わーわーわー
大変なことになっちゃいました。
だからかきたくなかったんだよぉ。
わーわーわー
ホンマすんません。
06月16日 桃