誕生日おめでとうのメールは12時ちょうどに送るのが常識

夜の江戸。

昼間とはまた違った風に賑わう夜の街を、あたしは歩いていた。
お付きでもあり、任務を遂行するための『仲間』でもある、隆次郎を後ろに連れて。

あたしの荷物を全て持っている隆次郎が、不満げに鼻を鳴らした。

「お嬢様ぁ、なんで俺がこんな荷物持たなきゃいけないんですか」

あたしはにっこりと笑って言い返した。

「それは、あたしがお嬢様だからよ」

「そんなこと自分でいうお嬢様はいません。てことで自分で持ってください」

「絶対嫌」

即答する。
はぁぁとため息をつき、隆次郎は手に持っていた奇妙な形をした刀を持ち直した。

その刀には鞘が二つついていた。
つまり、中に入っている刀には刃の部分が二ヵ所あると言うことだ。

両刃切天秤刀といい、それを扱う流派はの祖父が当主をつとめている流しか存在しない。
柄が棒の中央部にあり、その左右からまっすぐに刃が延びる。それを振り回して使うのだ。

「だいたい、流当主の孫娘がお付きの者に荷物を持たせないはずがないでしょ。
爺さまに忠誠を誓ったならあたしの言うことも聞いてよ!!
いいか隆次郎、あんたのその両手は何のためについている??」

そして、あたしはその流当主の後継者候補だ。
あたしの剣の腕は、門下生では誰も太刀打ちできないほどのもので、後を継ぐことはほぼ確定しちゃっている。
別に特に継ぎたくもないけど。

だから、隆次郎が反抗などできるはずもないのだ。

それを重々承知している隆次郎は、諦めたようにいつもの台詞を言う。

「はいはい、分かりましたよー。
俺の両手は嬢様の荷物を持つためにあって、俺の両目はターゲットを見つけるためにあって、
俺の口は忘れっぽい嬢様にターゲットが誰かを告げるためにあって、
俺の足はもしも嬢様が殺られた時に死体を持って帰るためにあるんでしょー」

「そう、そういう事です。やっと分かったんだね隆次郎。あたしは嬉しいよ」

そう言ってさめざめと泣いてみせる。

半眼になりつつ隆次郎は足を速め、横に並んだ。
そしてあたしの顔を除きこんでくる。

「分かってますけどお嬢様、俺は貴女に体預けてるんですからね!?
その代わりにちゃんと俺のこと守ってくださいよ??」

「えー、どうしよっかなー」

「おい」

尚も目を細めつつある隆次郎に、あたしはにやりと笑いかける。

「お好み焼きおごってくれたらね」

「なんですかその交換条件っ!? お好み焼きと俺の命同等っ!?」

あーあーうるさいーと耳を塞ぐ。

角を一つ曲がったところで、隆次郎はあたしに剣を手渡した。

周りに人はいない。

真剣な表情で隆次郎があたしの着物の裾をあげる。
腕もまくりあげ、紐で固定し、動きやすいようにする。

「この先の……あの巨大な家。あれが、幕臣の秋野修一の家です」

「へぇ。んで、今回の任務内容は??」

剣を鞘から抜き、軽く振ってみる。
うん、いい感じ。今日もきっと『勝てる』気がする。
少しだけ声を落とし、隆次郎が言った。

「一家惨殺です」

「……マジで??」

あたしは驚いて聞き返した。

今まで任務と言うものは大抵、闇うちとかそんなものばっかりだったのに。

あたしの祖父が当主をつとめる流には、裏の顔がある。
それは、穣夷志士の一派、双龍党という顔だ。

双龍党は表だってテロなどを起こすような真似はしない。
ただ、夜の闇に紛れて幕臣を暗殺していくのだ。

数年前までは祖父自らが暗殺に出向いていっていたのだが、
徐々にその強さと恐ろしさが明るみに出始めたらしく、代わりにあたしが暗殺の仕事を行うようになった。

あたしとしては穣夷だ幕府の犬だとかはどうでもいいのだけど、逆らったら殺されてしまうだろうし、何より家に残している姉の命が危なくなる。

姉・つばきは病弱な体質で常に寝たきりだ。
美人なうえに優しいから、あたしは姉さんの事が大好きだ。だからこそ、爺さまに逆らうわけにはいかない。
姉さんの病気の治療費を払っているのは爺さまだからだ。姉さんの命は爺さまに握られている。

でも、このまま爺さまの言いなりになって人を殺し続けるつもりは全くない。
いつか、隙を見て爺さまを殺してやる。

そして姉さんと二人で暮らすんだ。

ぐっと拳を作り、力を込める。

隆次郎が確認するように顔を覗きこんできた。

「分かってますよね、嬢様。
ちゃんと俺のことも守ってくださいね。任務が無事に終わったらお好み焼きおごってあげますから」

その言葉にあたしは眉をあげる。
お好み焼きはあたしの大好物だからだ。

「ほんと?? やったッ。よし、だったらとっとと終わらすよ」

そう言って刀を持ち直す。

「はい行きますよ、『氷姫』」

隆次郎が先に地面をけり、飛びあがった。
続いてあたしも飛びあがり、塀の上に着地する。

氷姫と言うのはあたしの通り名だ。任務を開始してからは隆次郎はあたしをそう呼ぶ。
爺さまの通り名は『氷王』。人を殺すときでさえ、眉一つ動かさない冷たさから、そう恐れられるようになった。
その孫娘だから、『氷姫』らしい。

どちらも穣夷志士が付けた名前だけど、最近は何故か一般市民にまでそれが伝わっている。
やっぱり完全に隠れて悪事を働くのは難しいって事だね。

あたしは表情を『』のものから『氷姫』のものに変えながら地面に飛び降りた。

音に気付いた見張りのものが駆けてくる。
それを一瞬で切りすて、顔についた返り血を拭う。

隆次郎がひゅうと口笛を吹いた。

「さすが氷姫。瞬殺ですね」

それには答えず、あたしは隆次郎に問いかけた。

「隆次郎、着替え持ってるよね??」

「はい。だから遠慮なく暴れてくださって結構です」

その言葉を聞いて、あたしはにっこりと笑う。

「了解」

『氷』の意味は、表情を変えないこと??
――バカだ。

誰があたしの戦う姿を見たと言うの。
あたしは爺さまの……あんな奴の真似なんかしない。

どうしてもあたしを冷たい人間にしたいなら、姉のためならどんな残虐なことさえできる冷たさから、にするべきでしょ。

あたしは薄く笑いながらまた現れた敵を、切り捨てた。






「だ、誰だ貴様ッ!?」

警備のひとたちが剣を構えて立ちはだかる。
その先には進ませまいと必死の形相だ。
何しろ、その先には彼らが『お守り』する主がいるのだから。

「よし、じゃあ皆さん」

そう言ってあたしは敵に笑いかける。

「命が惜しかったら、死んでください」

語尾にハートをつけるのがポイントだ。
隆次郎が呆れたように呟いた。

「なんの脅しにもなってねぇ……」

そうだよ。どちらにしてもこいつらは死ぬ。
……でも、あたしは手を下さなくて済む。

「こーんな小娘に切り殺されるよりは、自害した方が心境はマシかと思われますがねー」

男たちが軽く歯ぎしりするが、自害する様子はない。

あくまで、そこを退かないつもりなんだね??
ま、仕方ないか。

「……バイバイ、お侍さんがた」

そう呟いて、刀を振る。
まっすぐに降りおろした天秤刀は途中で激しい音をだして止まる。

「調子に乗るなよ、ガキが……っ」

刃でそれを受け止めた相手が、不敵に笑う。

「……うるせぇよじじぃ」

言い返して、手首を捩る。
下の方についていた刃が、相手の下腹部を切り裂いた。途端に、鮮やかな色をした血が吹き出る。
次いで、その横で構えていた男の首を落とし、そのまた横の男の心臓をつく。
瞬く間に、その場にいた侍は死んでいった。

侍たちが必死に守ろうとした『主』が隣の部屋で微かに音をたてる。

――こと

ガラッ
勢いよくその戸を開け、あたしは中にいる男を見下ろした。

「何奴だ」

冷静に、男が言う。
隆次郎がこいつがターゲットですと呟いた。

「あたしは、『氷姫』。聞いたことはあると思うけど??」

あぁ、とくぐもった返事が返ってくる。

「しかし、幕臣が恐れてやまない『氷姫』とやらが、お前のような若い娘だとはな。
……今まで殺されてきた奴等が不憫でならない」

「あなたも、ですよ??」

にっこりと笑ってやると、相手はあぁそうだなと力なく呟く。
諦めたような表情で、あたしを見上げた。

「抵抗は、しない。勝てる筈もないからな。だが、その代わり、最後に娘を抱かせてくれないか」

顎で少し離れたところで眠っている少女を示し、明日六つになるんだと、秋野修一は寂しそうに微笑んだ。

「妻は二年前に死んだ。これから一人で生きていくんだ、温もりだけでも覚えていて欲しい」

この男は、知らない。

あたしが『一家惨殺』を命じられてきたことを。
安らかな寝息をたてている女の子が、誕生日を祝われる事なく殺されてしまうことを。
知らなくていい。知らない方がいい。そう思った。

「……隆次郎」

「はい」

それだけ答えて、隆次郎は女の子を抱えあげた。
起こさないよう、そうっと。
隆次郎の腕から娘を受けとると、秋野修一は寂しそうに微笑んで娘の頬を撫でた。

「ごめんなぁ、父さん、弱いからここで死んじゃうよ」

部屋の掛け時計が音を鳴らした。
12時になったのだ。

「ハッピーバースデー」

父親が、そう呟いて笑った。






あたしは、それを斬った。
瞬時に帯たたしい量の血が流れる。
父と同時に命を絶たれた娘の死に顔は、父と同じように安らかだった。

「ハッピーバースデー」

今度はあたしが、この子に祝いの言葉を贈る。

ごめんね、殺したくて殺した訳じゃないんだ。
あたしだって、爺さまの命なんか従いたくもない。

隆次郎が目を伏せ、あたしの肩をたたいた。

「帰りましょう、『嬢様』」

「……うん」

嘆いても、悔やんでも、どうにもならない。

親子は、死んだ。
あたしの手にかかって。
それだけは違えようのない事実だ。

隆次郎を他の部屋においやって、服を着替える。
血の臭いの染みた着物が、軽い音をたてて床に落ちた。

「着替えましたかー??」

返事も聞かずに入ってきて、脱ぎ捨てられた服を掴んで持ち上げる。
ポケットからライターを取りだして、それに火をつけた。
赤い炎があがる。
それを床に投げ捨てて、隆次郎はあたしの腕をひいた。

「行きますよ」

炎は床に燃え移り、更に広がっていく。
隆次郎が前もって油をまいていたからだ。
あたしと隆次郎が屋敷を出たときには、もうかなりの規模で燃え広がっていた。

「よく燃えてますねー。やっぱ油まいたのが正解でしたねー」

「そうだねー」

呑気な会話をする。

「よし、じゃあお好み焼き食べに行きましょうか」

「やったぁ隆次郎大好きっ」

そう叫んで飛び付くと、隆次郎は笑って頭を掻いた。

「そんなこといって、彼氏できたらすぐに邪険に扱われるんすよね」

「やっだなー、そんなことないってぇー」

「どうだかねー」

軽口を叩きながら歩いていると、隆次郎が急に足を止めた。

「どうしたの??」

「……真選組です。ほら、あれ」

そういって指差された方向を見ると、確かにいた。
検問を行っている。

あたしがさっき殺した人たちの話をしているようだ。

「動き速いなー」

「近所で飲み会でもしてたんじゃないですか??
それよりまずいですよ。もう夜中の一時です。こんな時間に若い娘が歩いてるってことで怪しまれるかもしれません」

「………」

確かに。
うまく言い逃れできる可能性は無に等しい。

「――斬るか」

「無理です」

ぼそっと呟いただけなのに、却下されてしまった。

むくれてみせると、ほらあれ、と言って隆次郎は真選組の一人を指差す。
綺麗な顔立ちの、茶髪の男だ。

「沖田総悟。真選組で最強の男です」

「え、若すぎないっ??」

「ですね。まぁ嬢様程じゃないですが。
とりあえず、嬢様じゃあの男には勝てない、または良くても相討ちだそうなので、もし会っても戦うなと言われてます」

何それ。
自分の腕には結構自信があったから、なんとなく悔しさを覚える。

まぁ、あたしじゃまだまだってことかー。

ふぅとため息をついてから聞く。

「じゃ、その沖なんとかさんがいなかったら勝てるの??」

「さぁ。相手の数にもよりますが、副長とか局長とかになら勝てるんじゃないですか??」

なるほど、あたしの位置はその辺って事なのか。
ていうか、局長より部下が強いって、そんなんでいいのかな。

「という事で、道を変えます。お好み焼きは諦めてください」

隆次郎がそう言ってUターンする。

「えぇえー、ケチぃー」

「また今度です」

あたしも後に続きながら、横目で『沖なんとか』を見ようとする。

「……あれ」

どれが『沖なんとか』だっけ??
さっきの今で忘れちゃった。
あはは、やっばい。笑えないや。






検問を行っていた土方は、自分のポケットが振動しているのに気が付いて手を止めた。
横で総悟が眉をあげる。

「何ですかィ、土方さん。勤務中にケータイ電源いれてんじゃねェよ」

「うるせェ、業務連絡用だ」

チッと舌打ちの音が聞こえる。

何を期待してたんだ、何をッ。

ぶん殴ってやりたくなったが、どうにかして抑え、ケータイを開く。

「山崎か。どうだ、様子は」

『いました、燃えた屋敷の方から歩いてきた二人組が』

「刀は持っているか??」

『はい。……でも、なんか形が変なんです』

「変だァ?? どういうことだ??」

思わず声が大きくなる。
総悟が耳をかたむけてきた。

『鞘が、二ヵ所あるんです。柄は真ん中にあるし……。あんな刀、生まれて初めて見ました』

「鞘が二ヵ所??」

「――きっと、両刃切天秤刀のことでさァ」

総悟が会話に乱入してくる。
土方は眉をあげて総悟に目を向けた。

「知ってんのか」

「少しなら聞いたことがありやす。
特殊な剣でしてね、それを扱う流派は日本にひとつしかないそうでィ」

そこで言葉を切り、にやりと笑う。

流でさァ」

……。あっ、二人組が今家の中に入って行きました。大きな屋敷です。表札は……、です』

「ほら見なせェ」

総悟が自慢げに笑う。
しかし、その言葉は電話から聞こえてきた山崎の声に掻き消された。

『あっ』

「どうした??」

『すいません副長……、バレました』

「なにいィィッ??」

こちらが叫ぶと同時に会話が遮断される。

ブツッ
ツーツーツー……

「あんのバカ、なんでそんなヘマしやがんだっ」

苛立ちを込めてケータイを荒々しく閉じる。
総悟がいつも通りに冷静に口を開く。

「相手が、強かっただけんじゃねェんですか??」

「…………」

「副長、知ってやすか?? 流当主の孫娘、は相当の手練れだそうでさァ」

土方は視線をあげて、総悟を見た。

「――何が、言いてェ」

にっこりと、腹黒い笑みを浮かべてそいつは笑った。

「山崎程度じゃ、勝てやせんぜ」



「ねェ……、副長」


俺ら一番隊に行かせてくだせェ。






「誰??」

あたしは相手に問いかける。

黒い皮の服を着た男の人だ。年は二十代前半くらいだろうか。――隆次郎と同じぐらいだ。
どこかで見たことのある服だけど、思いだせない。

隆次郎が呆れたように言った。

「さっき見たでしょう。その制服は、真選組のですよ」

「……ほほぅ」

さすがあたしだ。速攻で忘れてる。

それにしても、真選組か……。
まずいな。

爺さまに殺される。いやまじでホントに。
あたしは舌打ちをして、切羽詰まった形相の相手に問いかける。

「何の御用ですか、真選組の、えぇっと……」

ちらりと隆次郎を見る。

「『山崎退』です。監察ですね。趣味はミントンで、好きな食べ物は真選組ソーセージとか」

すらすらと望み通り、いやそれ以上の解答が返ってくる。

趣味とか興味ないんだけど。真選組ソーセージって何。てかどこで知ったんだそれ。

自分の素性を言い当てられた山崎さんは、驚いて隆次郎をまじまじと見つめた。

「なんで、それを……」

「こいつの記憶力は、異常だから」

あたしはにっこりと笑って言った。
隆次郎の取り柄は剣でも、弓でも学問でもない。異常な記憶力だ。
だから記憶力と言うものが皆無なあたしと行動を共にしている。

「俺は……、そうです。山崎退です」

小さく呟いていた山崎さんが、腹をくくったのか刀に手をかけた。

「秋野修一及びその家族と家臣の殺害と放火の罪で逮捕する!!」

ジャキ……
と音がなり、刀が鞘から抜かれた。
鋭い視線でこちらを睨む。

でもちっとも怖くなかった。
だって、あたしだったら勝てるし。

あたしは手を出し、隆次郎から刀を受け取った。

「神妙にお縄につけ!! さもないと……」

「――声が大きい」

一歩で間を詰め、相手の胸元に飛び込む。
そのまま刃を、相手の首筋に当てた。

「…………っ」

山崎さんは動きを止める。
あたしは刀を動かさないまま、笑いかける。

「動かないでくださいね。大丈夫、殺す気なんかありません。こんなところで人を殺したらあたしが爺さまに殺されちゃう」

「爺さま……??」

怪訝げに眉をあげる。

「いや、こっちの話です。でね、山田さん」

山崎ですと隆次郎から訂正が入る。
マジでか。

「……えーっと、山崎さん?? あなたを殺さない代わりにさ、今日あったことは全部忘れて欲しいんです」

「……それは、む」

無理だと、その口が告げる前にあたしは言った。

「善良な市民が、殺されるとしても??」

「は……??」

何のことだという顔をするから、姉さんのことを教えてあげる。
もしあたしが爺さまに殺されたら、きっと自動的に姉さんも殺されることも話した。

「何も、完全に事件をなかったことにしなくてもいいの。
ただ、あたしの不祥事が原因でなければ、あたしは殺されないし、姉さんも死なない。
だから、また日を改めて来てくれないでしょうか」

「でも、その間にまた人を殺すでしょう」

山崎さんが呟いた。
いつの間にか、あっちも敬語になっている。なんでだろ。

「それはないです」

隆次郎が断言する。
仕事のスケジュールは全部彼の頭の中だ。

「一週間以内に来てくだされば、それまでは誰も殺しません。約束します」

「…………」

少し悩んでから、相手は頷いた。

「あなた方の言葉を信じます。今日は、帰ります」

「ありがとうございますっ」

あたしはそう叫んで刀を引いた。
鞘に収めて、隆次郎に渡す。

「では、またいつか……」

そう言って片手をあげてそそくさと立ち去ろうとした川崎さん(あれ?? 違ったっけ)だったが、それにまた新しい人間が声をかけた。

「あら?? ……どなたですか??」

「――姉さん」

慌ててそばに駆け寄る。

なんで外に出てるのよ。

姉さんは可愛らしく小首をかしげた。
石崎さん(あれ、なんか違う気がする)の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
そりゃそうでしょ、姉さん美人だもん。

緩く束ねられた黒髪の艶は世界一だし、肌の白さも雪女並み。くりくりの丸い瞳なんかは、スネコスリとかそこらへんの妖怪を連想する。
……あれ?? 誉め言葉になってるんだろうか。

が帰ってくるのが遅いんだもの。心配しちゃったわ」

眉を下げて口を尖らせる。

「ごめん。でも、体は大丈夫なの??」

「えぇ。今日はとても調子がいいのよ。それより、そちらの方はだぁれ??」

急に視線を向けられて、山岡さんの肩はびくりと跳ねた。
あれ、川岡さんだっけ。それとも川崎さんだっけ。

とりあえずあたしは姉さんに適当な嘘をつかなければならなかった。
姉さんは隠し事のできる性分じゃない。
もし爺さまに何か聞かれたら、バレる。100%バレる。
それを想像してたらたらと冷や汗を流した。

「と、とりあえずね、姉さん」

そういってあたしは石岡さん(もう名前なんてどうでもいいや。うん、いいよねっ。いいよーッ)の体をぐっと引き寄せた。

「なっ……」

川岡さんと隆次郎が同時に声を上げる。
姉さんがあらあらと呟いた。

「姉さん、紹介するわ。彼氏の岩岡慎太郎さんです。」

「山崎退です」

早々に訂正が入る。
あれ、やっぱ違ったんだ。

姉さんはきょとんとした表情で、あたしと山崎さんを見比べる。
隆次郎が頭を抱えてため息をついた。

「間違えた、山崎丞さんです」

「ねぇ、それ嫌がらせですか??」

半眼になった河崎さんが聞いてくる。
あたしはぶんぶんと頭を振った。

滅相もない。あたしはいつでも本気だ。

ずっと黙っていた姉さんが口を開いた。

、本当なの?? 彼氏ができたなんて、私聞いてないわよ」

うん、そりゃそうでしょ。
だって嘘だもん。

だけどそう言う訳にもいかず、あたしはにっこりと笑ってみせた。

「ついさっき告白されたところだから」

「はいぃっ!? ――あぎゃっ」

大声をあげる石崎さんの足を踏んで黙らせ、あたしは言葉を続ける。

「なんかね、道を隆次郎と歩いてるところをみて、一目惚れちゃったんだって。それで、付き合ってみようかなーって」

「なんでそんなことに……って、痛い、痛いですッ」

悲鳴をあげる石川さん。
静かにしてくださいな、ぐりぐり(足を踏む音)。

「それでね、爺さまにバレたらきっと怒られると思うから、姉さん内緒にしててくれる??」

ぱちぱちと隆次郎が小さく拍手をした。

どうよ、あたしの嘘。完璧でしょ。

やっと石岡さんはあたしの意図を察したらしく、口を閉ざした。あたしもようやく、彼の足を踏むのをやめる。
姉さんはしばらく考えたあと、頷いた。

「えぇ、わかったわ。爺さまには内緒にしておいてあげる。けれど、私もひとつお願いしちゃダメかしら」

「……なに??」

「山崎さんとお話ししてみたいの。だから、少しだけ家に入ってお茶でも飲みませんか??」

ダメ??とばかりに首をかしげる姉さん。
可愛すぎる。

「もちろんです!!」

あたしが口を開く前に、山口さんが叫んだ。
なにこいつ。姉さんに惚れたんじゃないでしょーね。許さねぇぞとばかりに睨み付けてやる。
山田さんが怯えた表情であたしを見た。

そんなあたしたちを楽しそうに眺めながら、姉さんは屋敷の門を開けた。

「では、山崎さん。お入りください」






「ねぇ、ところで爺さまは??」

こっそりと、あたしは聞く。
姉さんはあたしを安心させるかのように笑った。

「道場の方で指導をしてらっしゃるわ。大丈夫、何か起きない限り数時間は戻られないから」

「そう」

道場は家の敷地内にあるのだが、道場から母屋まで歩いて五分はかかる。

どんだけ広いんだ、この屋敷は。
時々自分の家ながらそう思う。
まぁ、金があるからなんだろうけどね。

和室について、女中が緑茶を煎れる。

「どうぞ。粗茶ですが」

「い、いえっ、ありがとうございます」

石崎さんは恐縮してお茶を受けとったあと、まじまじと姉さんの顔を見つめた。

「あの、辛いものお好き……だったりしませんよね??」

いきなり何を言い出すんだ。
姉さんが不思議そうな顔をして考える。

「辛いもの……は、体に悪いからあまり食べないのだけれど」

「当たり前でしょうっ。病気なめんじゃないデスよ」

「はぁ……ですよね、すみません。なんか、上司の姉に雰囲気が似てたもんですから」

上司の姉……と聞いて思い浮かぶのはメガネでカッパハゲ(またはバーコード)の性格悪そうな顔をした親父と、それより五つは年上そうなオバサンだった。

「そんなモンと姉さんを一緒にしないでください」

「そんなモンって……。綺麗な人なのに……」

「まぁ、素敵な誉め言葉ですね」

くすくすと姉さんが笑う。
そうか、今の誉め言葉になるのか。わかりにくいな。

あたしが眉を寄せて考えこんでいると、隆次郎が部屋に入ってきて叫んだ。

「嬢様、大変ですっ。真選組が……ッ」

「――え??」

あたしと山田さんで眉をあげる。

「真選組が、屋敷に……。しかも不味いことに、沖田総悟がいます」

慌てて山口さんが立ち上がった。
腕が姉さんにあたり、軽く詫びる。
姉さんは何がなんだかわからないといった表情で、血相を変えるあたし達を見た。

「俺が……話つけてきます」

「えぇ、そうしてください。念のため、俺もついていきます。――『氷姫』、貴女は待っていてください」

隆次郎がてきぱきと行って縁側の戸を開く。

あたしも立ち上がって、頷いた。

剣を求めて周りを見回す。
普段あたしが使っている剣は、隆次郎があたしの部屋に置いてきてしまった。
和室には掛け軸と……一本の両刃切天秤刀があった。

家の家宝、『天翔双竜』だ。
いざとなったら、これを持って戦おう。相手は恐らくその、沖島総一とかいう人だろうが。
そう思い、家宝の鞘を外す。

隆次郎達が縁側から外に出ていった。

「頑張って来てください」

あたしは山本さんに言う。
山本さんは頷き、そして隆次郎が、あたしの頭を撫でて言った。

「何が何でも、生きててくださいね」

「え……」

どういう意味かと問う前に、二人は歩き出してしまった。

「ちょ……」

呼び止めようとして、気付いた。

今隆次郎がついていったら、もう戻ってこれない。
真選組が隆次郎を見逃すはずがないから。
だったらついていかないほうがいい。

あたしは縁側から身を乗り出した。
姉さんが不思議そうにこちらを見る。
胸騒ぎがしていた。
今行ったところで、もう遅い。
そんな気が。

「隆次……」


そう。もう遅い。


「氷姫イィィッ!!」

しわがれた、それでいて威厳を失わない声が聞こえてきて、あたしは隆次郎を呼び止めるのをやめた。

爺さま?? 何でこんなに速く??

目を見開いて後ろを振り向く。
襖が勢いよく開いて、刀を持った爺さまが入ってくる。
それに続いて爺さまの側近で隆次郎の兄、秀一郎も入ってきた。
氷王の名とは裏腹に、激昂している。

「氷姫、貴様何をしでかしたっ??」

「爺さま……」

姉さんが驚いて腰をあげた。
「何があったのか存じませんが、あまり怒鳴らないであげてください。は任務から帰ったところで……」

「やかましいっ。これが怒鳴らないでいられるか。氷姫、貴様は儂の計画を狂わせた。
何故真選組などがこの屋敷にやって来る?? 答えは言わずと知れている……。貴様の不手際だろう」

「申し訳ありません、氷王……」

慌てて詫びを口にする。

「つきましては、どのような罰も受ける次第でございます」

「あぁ、殺してやる」

爺さまの口から発せられた言葉に、姉さんは絶句する。
あたしはまぁ、予想していたから特になにも感じなかったけど。

逆らう気はなかった。どうせ戦っても、勝てやしない。

「儂の人生を狂わせたのだ。それくらいの咎は受けてもらおう」

「……分かりました。でも、姉さんの……」

命の保証はしてくださいと言おうとしたが、姉さんの声に掻き消される。

「いけません!! を殺すなど……ッ」

爺さまはそれを無視してあたしに歩みよって来た。
刀はすでに構えている。

「おやめください!!」

半ば悲鳴に近いような声を上げて、姉さんが爺さまにすがりついた。
殺気だった表情で、爺さまがそれを見下ろす。

「姉さん……っ!!」

やめて。
あたしはいいから。
姉さんが……ッ。


もう、何もかもが遅かった。









「沖田さんッ!!」

一番隊の隊士達は、もう門を破って侵入したところだった。
山崎は急いで沖田に駆け寄って、事の次第を説明する。
隆次郎はそれを、遠巻きに見つめていた。

「だから、今回は勘違いだったってことに、今からできませんかっ??」

「………」

沖田は無表情のまま、山崎を見つめる。

「残念だが、山崎」


もう遅ェよ。


「いやあぁぁぁぁッ!!!!」

ついさっき聞いたばかりの、の叫び声が、あたりに響いた。
山崎が驚いて周りを見渡すと、もう隆次郎はいなくなっていた。






一瞬の出来事だった。

姉さんの胸から血が噴き出す。
背中へと貫通した刃を素早く抜くと、爺さまは今度こそあたしの方を向いた。

「姉さんッ!!!!」

「気の毒だが、もう死んでいるさ。心臓を突いた。生きているはずがない」

冷たく響く、爺さまの言葉。
まるで、姉さんの死をなんとも思っていないような。

秀一郎が額を抑えてため息をついた。
そういえばこの人は前々から姉さんに気がありそうな素振りを見せていた。
でも、爺さまに忠誠を誓っているから、逆らうことなんてしないだろう。

――でも。
あたしは違う。
姉さんが生きていなければ、こいつに服従する意味などない。

「……殺す」

不意にその言葉が口からこぼれ出た。

そうだ、絶対に殺してやる。
相手はあたしを殺すつもりでいるだから、あたしが爺さまに勝つのは無理だろう。

――でも、相討ちなら。
可能性は、なくはない。

爺さまが鼻を鳴らした。

「殺すだと?? 貴様ごときで儂を殺せるとでも思うのか??」

「やってみなくちゃ、分かんないじゃん」

初めて、この人にこんな口を利いた。

もういい。
どうせ生きていてもなんの楽しみもないんだ。
だったら、最後に、あたしの人生を始めから狂わせていたこの男に仕返ししてもいいはずだ。

あたしは刀を構え、氷王を見据えた。

「いいだろう。その心根だけは評価してやる」

そう言って爺さまが一歩下がって――跳んだ。
頭上から鋭く降ってくる刃を、こちらも受け止め、反対側の刃で敵に迫る。
難なくかわされるが、こちらにも怪我はない。

しかしそれに安堵している暇はなく、すぐに次の攻撃がくる。
金属同士が当たる、鋭い音が和室に響く。
しばらく打ち合いが続いたとき、屋敷の玄関が開かれる音がした。

真選組っ!!

「余所見をするな」

思わず耳をそちらに傾けたとき、不意に爺さまの声が後ろから聞こえ、背中に激痛が走った。
刺された。

今ここで前に逃げなければ、刀は体内のさらに奥深くに侵入し、死ぬ。
でも、死など怖くない。
背中に刺さる刃を感じながらあたしは自身の体の脇から、刀の刃を出した。

人の肉に突き刺さる、独特の感覚が腕に伝わる。

「な、に……っ??」

あたしが前に飛んで刀を抜くと思っていた爺さまは、動くのが遅れた。
だから、あたしは爺さまの腹部を確実に差すことが出来た。
刀の柄を軽く回し、体内に空気を入れる。

こうすればもう助からないと、誰かに聞いた。

爺さまが、倒れた。
あたしは、剣を地面に刺して支えにし、息をつく。

「はっ……はっ……」

ダメだわ。
あたしも、傷が深い。
すぐに手当てをすればどうにかなる程度だろうが、手当てをしてくれるような人がいない。

今この部屋にいるのは、生死は別として、あたしと姉さんと爺さまと秀一郎だけだ。
秀一郎はあたしに向かってぱちぱちと拍手をした。
その表情には一切の感情がこもっていない。

「お見事です、氷姫。まさか、氷王まで倒すとは」

あたしはそれを黙って睨み付ける。
その時、爺さまの弟子で、秀一郎の部下の男が部屋に駆け込んできて、報告した。

「隊長、真選組が屋敷に侵入しました。仲間が食い止めていますが、いつここまでくるか分かりません。
ですから、はやくお逃げに……って、えぇっ!? 氷王ッ!?」

床に転がる爺さまの姿を見て目を剥く。
何があったのかを上司に聞いた。

「ちょっと、家庭の事情という訳だよ。
君の進言通り、逃げることにするから、君はそこで死んでるつばき様の御遺体を運んでくれる??」

「は、はぁ……」

どのような状況であるのか把握しないまま、男は秀一郎に従う。
双竜党の奴等なんて、みんな一緒だ。血も涙もないような奴等ばかり。
大っ嫌いだ。

あたしは刀を床から抜き、男が姉さんに触れる寸前で、切っ先を男につきつけた。

「気安く姉さんに触るんじゃねェよ」

「……ひっ」

男の目が泳ぎ、救いを乞うかのように秀一郎を見る。
秀一郎はおやおやと呟いて頭を掻いた。

「氷姫は、何を申しているのですか?? 運ばないと逃げられないじゃないですか」

「――うるさい。姉さんが一緒に逃げるのはあたしだよ。あんたじゃない」

「俺が信じられないと??」

「当たり前でしょ」

「ひどいですね。俺はつばき様のことを愛しているのに??」

「愛している人が死んだのに、平然と笑っていられる奴なんか、信じられない」

鋭い視線で睨み付けると、秀一郎は微笑んだ。

「勘違いしないように言っておきますが、俺がつばき様を愛していたのは本当ですよ。
ただ、俺はつばき様の美しさを愛していた。だから、死んでいようが生きていようが同じなんです。
だからこそ、俺はつばき様の骸が欲しい。死してなお褪せることのない美しさを眺めていたいんです」

「………ッ」

それは、あんただけの理由だろう。
そう言おうとするが、その前に相手が口を開く。

「だから、氷姫。ゲームをしましょう」

「ゲーム……??」

「そう、ゲームです」

秀一郎はにやりと笑った。
弟である隆次郎が決して作らないような表情をして。

そして、所在無さげにしていた部下に、仲間を三十人連れてくるよう告げる。
部下は逃げるように部屋を出ていった。
何をするつもりなのだろう。

「貴方が勝ったら、つばき様の遺体は貴方の好きにしてください。その代わり、俺が勝ったら俺の好きにさせてもらいます」

「勝負方法は……??」

「簡単な事です」

襖が開いて、屈強な男たちがぞろぞろと入ってくる。
全員が入り終えると、襖は閉められた。

外ではまだ斬り合いの音が聞こえる。真選組がここに到着するまで時間はあるだろう。

にやにやと笑う爺さまの部下たちをあたしは睨み付け、姉さんの体を抱えて隅に寄った。
部屋は狭い。
だからあの男たちに姉さんが踏まれてしまうかもしれない。

秀一郎も爺さまの体を抱き上げ、襖のそばによる。

「貴方に一度負けた事のある男たちと戦って、貴方が勝てば貴方の勝ち。負けて殺られてしまえば貴方の負けです」

そうだ。こいつらは全員、あたしが過去に道場で負かした事のある奴等だ。

普段だったら何人束になってかかってこようが問題じゃないような腕の持ち主達だったが、今は状況が違う。

背中の傷は深いし、血もだいぶ流れている。
全員に勝てる確率は、とても低い。
それをふまえて、秀一郎はその提案をしているのだ。
あたしが他に姉さんを守る術を持たないのを知っているから。

「おいお前ら。忘れたんじゃないだろうな。
自分より十は年下の、ポッと出の娘にこてんぱんに負かされたことを」

「覚えてるに決まってんだろォがァッ」

一部の男たちがその時の屈辱を思い出したのか、騒ぎ出した。
秀一郎は意地の悪い表情を浮かべ、部下たちに告げた。

「だったらその恨みを今晴らすんだ。今は氷姫は手負いだ。皆でかかれば楽勝で倒せる。
だから、氷姫を殺してつばき様の遺体を合流地点に持ってこい。
生きてつばき様を持ってきたやつには、全員に大金を出してやるよ」

そう言って荒くれ者どもを煽ったあと、秀一郎は爺さまを抱えて立ち去った。
残された男たちは一斉に両刃切天秤刀を抜き、ニヤつく。

「死んだ姉を守る女剣士……。絵になりますねぇ、氷姫殿」

「ホント、何カッコつけてんですか。とっとと逃げ出せばいいじゃねェですか」

「そうそう、つばき様なんか放っておいて」

「――うるさい。黙れ」

嫌らしい笑いを含んだ声が、耳に障る。

放っておけるわけないじゃない。あたしのせいで死んじゃったのに、姉さんをおいて逃げるなんてことが、できるはずがない。

「どうせその傷じゃ一対一でも死にますよ、あんた」

「黙れって言ってんだろが……」

あたしはそう呟いて、殺気を込めて男たちを睨み付けた。
びくりと、相手の体に緊張が走る。
即座に『氷姫』の表情を作って、あたしは微笑った。

「あんたら全員、あたしが殺せばいいだけの話だ」

そしてあたしは地面を蹴りあげ、天翔双竜を大きくふり、薙ぎはらった。






「くそ、斬っても斬ってもキリがねェな。しぶといヤローばっかでィ」

沖田は舌打ちをして、両刃切り天秤刀を持った相手を斬り捨てた。

おまけに剣の形が違うから、戦いにくいことこの上ねェぜ。

「隊長っ」

隊士の一人が斬り合いながら告げる。

「ここは俺たちに任せて、先に進んでください」

「そいつァありがてぇ。そろそろ雑魚相手にも飽きてきたとこなんでィ」

とっとと本命に会ってみてェ。

山崎が救おうとした、氷姫の姉君にも興味はあるが、沖田の目下の興味の対象は『氷姫』だった。

その正体は闇に包まれていたとはいえ、その女の強さはあらゆる場面で囁かれてきた。
それが自分より若い少女だと言うのだ。

いっぺん、手合わせ願いてぇもんでィ。

沖田は隊士と穣夷志士の間をすり抜け、廊下に出た。
いたるところに穣夷志士の死体がある。
六角事件のときほど兵力差はないとはいえ、相手もなかなかの手練れ揃いだったし、真選組の方にも
、命の危機まではいかなかったにせよ、被害はあった。
なにしろ、敵の使う剣術は今まで対峙したことのないものだったのだ。
多少の損害はやむを得ない。

「………」

廊下を進んださらに奥に、まだ誰も入っていなさそうな部屋があった。
沖田は迷うことなくそこに進み、襖に手を掛け、開いた。
和室の中は暗かった。






「はぁ……はぁ……っ」

目の前が霞む。
意識が遠くなる。

時折倒れそうになりながらも、あたしは最後の一人の首を落とした。

暗い中で辺りを見回す。
電球はとうの昔に、破壊された。
闇に近い状態だったが、うっすらとなら周りの様子がみてとれた。
屈強な男達が、ある者は腹を斬られ、ある者は首を落とされなどして、積み重なって死んでいる。
もともとそう大きくない部屋だったので、重ねる他に死体を置く方法がなかったのだ。

「はぁ……っ」

小さな物音を感じ、あたしは耳を澄ませた。

近くで、恐らく廊下から、誰かが近づいてきている。
洗練された息づかい。できるだけ消されている気配。

……真選組か。

思わず眉を寄せる。
姉さんが死んだのは真選組のせいのようなものだからだ。

「……そうだ」

そもそもの発端は、こいつらだったんだ。
音が、襖の前で止まった。
軽く音をたて、少し開いた襖に向かって、あたしは剣を振るった。






打ち負かされた。

あたしが手負いだったからとか、そんな理由じゃない。

まぁそれも少しは影響しているのかも知れないが、だいたいは純粋に力の差だった。
あたしが相手に斬りかかったと同時に、相手もあたしに斬りかかってきた。
いや、一瞬くらい速かったのかも知れない。
峰打ちとはいえ、腹部に攻撃を受けたあたしは、思わずお腹を押さえた。
その隙に、背中の傷口を抉られたのだ。

痛いなんて生易しいもんじゃなかった。
じゃあなんなんだよ、と思うかも知れないが、本当に、痛いなんて言葉じゃこの痛みは言い表せない。

「う……あ、あ……」

声にならない呻き声をあげ、あたしは相手を見上げた。
逆光で、表情はおろか髪の色さえ分からない。
だけど、なんとなく笑っているような気がした。
あたしが『氷姫』として人を殺すときのような表情で。

「何でィ、もう終わりですかィ??」

つまんねぇの、と呟いて、あたしの髪をぐいと掴む。
そのまま軽く持ち上げられた。

「まぁ、怪我してるから仕方ねェか」

顔を近づけられ、あたしは眉をひそめた。
この距離でも、まだ表情は見えない。

それは逆光だからかも知れないし、まだ目が光に慣れていないだけかもしれない。
ただ、あたしにとっては、誰かの命令という訳でもなく自分の意思で戦うことのできる彼が輝いて見えたのだ。

「で、てめーは何でこいつらを殺したんだ??」

「……は??」

「この部屋で死んでる大量の穣夷志士どものことでィ。
こいつらなかなかしぶとかったから俺らは苦戦したってのに、てめーはたった一人でこれだけの数のお仲間を殺ったみてェじゃねェか。
いってぇ何があってお仲間を殺すようなことになったんだか、是非聞きてェもんですねィ」

「こいつらは……」

あたしはおずおずと口を開く。
相手の視線が移り、姉さんの躯を見た。

「あたしから姉さんを奪ったから、殺した」

実際に命を奪ったのは爺さまだが、この際どっちでも一緒だ。
相手が顎で姉さんを示した。

「姉さんってのはそこの人で??」

「……うん。姉さんは、あたしの、たったひとつの光だった。安らぎだった。救いだった。――それが」

あたしのせいで、死んでしまった。殺された。

嗚咽をもらし、続ける。
改めて誰かに話すことで悲しみは大きくなり、思わず涙が溢れた。

「姉さんがいなかったら、あたしはもう、生きていけない……ッ」

自分の今いる闇に呑まれて、消えてしまう。

出口を差し示してくれる人など、もういない。
光なんて、見えなくなってしまった。

そう告げると、相手はあたしの髪を急に離して、顎を上げた。
やっと目が見えてきて、相手が綺麗な紅い瞳をしていることに気が付いた。

その瞳を不機嫌そうに細めて、相手は言う。

「何腑抜けたこと抜かしてやがんでィ。光が見えねェだぁ?? あたりめーだろィ」

襖を最大限にまで開いて、廊下の灯りを和室に入れ、男は笑った。
それはもう、力強く。

「目ェつぶってたら、何も見えるはずねェだろうがィ。ちゃんと目ェ開けて、新しい光を見つけろ。
人間ってのは、それができる生き物なんでィ」

その言葉のひとつひとつがやけに胸に響いた。

あたしは知らず知らずの間に目を閉じていたのだろうか。
何も言葉を発することなく座りこむあたしに、相手は手を差しのべた。

「とっとと立ちなせェ。あんたには聞きてェことが山ほどあらァ」

その手を掴むことなく、呆然とするあたし。

「………」

ぐい、とあたしの腕を引っ張って無理矢理立たせ、相手は不敵に微笑んだ。

「なんなら、俺が光になってやろうかィ??」


その瞬間、確かに闇の中に一筋の光が差した――ような、気がした。


誕生日おめでとうのメールは12時ちょうどに送るのが常識


I'm just in deep 蒼い孤独の海の中
I don't know how? 前に進めず立ち止まって
剥がれ落ちてく 偽りの破片
握りつぶして滴り落ちるblood
Dark in my end 僕は弱さに隠れて

出口のない 苦悩抱え
乾いた世界 佇んでる

心 深く 枯れた感情 Seek in the dark Here is no light
夢の狭間 彷徨い続け Darkness on my eyes
昨日 今日も 明日も 見えない 答えを探して
僕は... 僕は... 一体 何処へと 行けばいいの

東方神起 Darkness Eyes より (一部のみ)


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あとがき
これは受験勉強からの逃避で書かれた代物です
でも前から書きたくて仕方なかった長編でした。
つか長編多すぎですな、ヤバいすな
そろそろなんか終わらすかな
沖田さんかっこいいな
01月31日 桃