記憶力のない女にろくな奴はいない

「三十六番!! 三十六番、起きろ!! 食事の時間だ」

続いて、ドンドンドンと金属の扉を叩く音。

あたしはうっすらと目を開けた。
自分の今置かれている状況が理解できず、眉を寄せる。

「………っと」

そうだ。思い出した。
あたしはあのあと沖なんとかとか名乗った男におぶさって外に出て、病院に連れて行かれたんだ。
そして、傷口を縫うためにかけられた麻酔で、あたしは眠っちゃって……。

目が覚めたら、そこは監獄でした。
……なんかのキャッチコピーで似たようなのがあった気がするぞ??

ともあれ、監獄だった。
あたしは命令されていたとは言え、立派な政治犯で殺人鬼なのだから、監獄に入れられるのも仕方ない。

けどさ。
せめて服くらいは着替えさせて欲しかったな。
おかげで血の臭いが鼻につく。

「あと、出来たら番号呼びはやめてほしいです」

「無理だ」

速攻で返事がかえってくる。

あたしは起き上がって鉄の扉まで歩いて、格子窓から目を覗かせた。
くそ、微妙に身長が足りないから、背伸びが必要だ。
格子窓に手をかけ、つま先でたつと、背中の傷が痛んだ。

「……いった」

顔をしかめる。
看守らしき男が格子越しに眉を寄せる。

「傷か」

「はい、そーです」

「腹は減っているか??」

「……特に」

「そうか」

それだけ聞くと看守は黙り込み、しばらくしてから錠を開ける音が響いた。

「三十六番、出てこい。食事を後に回して、治療をする」

「……はぁ」

キィと開いた扉の隙間から手錠をちらつかせ、両手を前に揃えるよう指示される。
言われたとおりにして、手が自由を失ってから、あたしは廊下に出た。

警戒されているんだろう。

周りにはたくさんの同じような牢獄があった。
あたしは警戒されているけど、あたし以外のこの監獄に入っている人達も、もっと警戒されているはずだ。
あたしは捕まるとき一度も抵抗しなかったし、それに、
真選組の隊士におぶさってパトカーに乗せられた政治犯なんて恐らくあたしくらいだ。

「治療が終わったら取り調べがあるからな。真選組の方から直々にだ」

「……はぁ」

真選組と言うことは、あの男もいるのだろう。
もう、顔も名前も思い出せないが。

あれ、沖だっけ陸だっけ。田だっけ畑だっけ。井戸だっけ水道だっけ。
あたしが負けた、あの男が。





「真選組副長の、土方十四郎だ」

「沖田総悟でさァ」

「山崎退です……」

テーブルを挟んで向かい合った先には、三つの埋まった椅子と、一つの空席だった。
あたしの目の前に座る黒髪の男は、タバコをふかしながらあたしをまじまじと見つめて言った。

「見るからに頭の軽そうな女だな」

「………」

むかっ
すこーしいらついたあたしは、にっこりと笑って言い返す。

「見るからに沸点の低そうな男だな」

「……んだとてめぇ、いい度胸じゃねぇか。真選組なめてんのか」

「見るからに今すぐ死んで欲しそうな男だな。つーかマジ死んでくだせェ」

「てめーは俺をなめてんのか、総悟??」

いきなり刀を抜き出して、二人の男が斬り合いを始める。

おいおい、真剣かよ。
あたしが呆れてそっちを眺めていると、着席していたどっかで見たことある気がするような気がする黒髪の人が口を開いた。

「あの、お姉さんのこと、ホントに力になれなくてすいませんでした」

「………あぁ」

あたしは軽く目を伏せる。
姉さんは死んだ。あたしのせいで。

「いいんです、もう。真選組のせいなんかじゃありませんし」

てゆーか、と続ける。

「……あなた誰ですか??」

「覚えてないんですかっ!?」

「ほら見ろ、やっぱ頭軽いじゃねェかッ」

刀を抜いていた黒髪が叫ぶ。

「当たり前でしょう。あたしの記憶力なめてんのか」

「あれ?? なんで今俺キレられてんの?? なんで威張ってんの、お前?? ねぇなんで??」

「土方さんがマヨラーだからですぜきっと」

いや繋がりがわかんねぇよ!?等と突っ込みながら、マヨ方さんが茶髪を追い回す。

狭い取り調べ室の中でよく動くことだ。
それを静かに眺めながら、どっかで見たことある気がする黒髪の男が続ける。

「山崎退です」

「分かりました、石崎下がるさんですね」

「違います。名字にしろ変換にしろ、いろいろ違います」

こんなことを言ってふざけていたけれど、実は思い出していた。
隆次郎と一緒に部屋を出ていった人だ。

まぁ、名前は忘れてたけど。

「さてハム崎さん」

「すいません、なにと間違えたんですか今」

「間違えました、ソーセージ崎さん」

山崎さんが机を叩いて叫ぶ。

「そこだけ!? 思い出したのそこっ!?」

「あーあーあーうるさいです。とりあえずね、隆次郎知りません?? あいつも捕まってるんですか??」

やっと鬼ごっこをしていた二人が戻ってきて、着席し直した。
マヨ方さんが煙草をくわえて火をつけた。

「そいつ――園田隆次郎は行方不明だ。それと同様、兄の秀一郎もな」

「………」

秀一郎の名を聞いてつい半眼になる。

「あいつ……あいつだけは」

絶対に許さない。
あたしと姉さんを散々コケにした罪は必ず償わせる。

そう、必ず。
あたしが、この手で。

「いつか絶対殺してやる」

「そういうことを俺らの前で話すな。……俺らがお前をここに読んだのはお前の殺人予告を聞くためじゃねェ。
かといってお前の頭の悪さを確かめるためでもねェからな」

「うるせぇよニコ中」

相手の眉がピクリと跳ねた。
椅子から腰を浮かし、あたしに顔を近づける。

「なんだそれは、なんの略だ??」

「きっと、『ニコニコしてる最中』の略でさァ」

「――黙ってろ総悟」

へーい、と呟いて、茶髪が椅子を傾ける。
そのままギッコ、ギッコと貧乏揺すりを始めた。
自由人だ。

「ニコ中ってのはなんの略だ、って聞いてんだよ」

なおも迫るマヨ方さんに、あたしは笑いかける。

「あら、お察しの通り『ニコチン中毒』の略でございましてよ??
ご存じですか??
煙草って、吸ってる本人が吸う煙より、周りにいる他人が吸う煙の方が、有害物質が多く含まれてるんですよ。
ここにはまだ成長段階のうら若き乙女がいるんです。
煙草くらい自粛できませんか??
自粛されないのでしたら、『ニコ中』呼ばわりされても文句は言えなくてよ」

ね?? とばかりに首を傾けると、相手は舌打ちをして煙草を灰皿に押し付けた。

勝ったッ。
爺さまの知り合いのくそ爺どもと口喧嘩しまくった成果はあったようだ。
どこの誰がうら若き乙女なんだ、と不満げに呟きながら(文句あんのかコラ)、マヨは視線を上げて茶髪を睨みつけた。

「おい総悟ォ。お前こんな反抗的なやつ真選組に入れるつもりかよ。
冗談じゃねェよ……これ以上厄介な奴が増えたら収集がつかなくなる」

「厄介な奴ってのは、いってぇどこのどいつでィ??
なんですか水くさいですぜ土方さん。
そんなの俺に言ってくれたら、一発シメてきてやるのに。
……あ、土方コノヤローのことだったのか。それなら仕方ねェ俺が殺してやろう」

「ふざけんなあァァッ!! てめェのことに決まってンだろォォっ!!」

また二人が追いかけっこを始めた。
それを横目で眺めながら、あたしは口を半開きにさせた。

「……あの、山崎さん。今のなんの話ですか」

山崎さんは自分の名前が誤りなく呼ばれたことにまず驚いて、頭を掻いた。

「なんかね、今日は本当はその用件で来たんですよ。刑期終了後、真選組に入らないかって言う。
沖田さん――って言っても覚えてないですよね、多分。
昨日さんを屋敷からおぶって連れ出した人です。ほらあの、茶髪の」

指差す方向を見て、ようやく思い出す。

そういえば茶髪で赤い目のかっこよさげな人だった……気がする。多分。
そっか、あの人だったのか。

「その、沖田さんが推薦なさったんで。それで、どうしたいか意見を聞きに来たんです。
真選組の中には女だってことで、結構反対する人も多いんですけどね。
まぁ俺は、さんの実力を知る者として賛成しときました」

今言われたことが信じられなくて、あたしはぱちぱちと瞬きした。
息を整えてから、上半身を前に乗り出す。

「……あたしは」

「いやー遅れて悪かったなー」

間延びした間抜けな声と共に、取り調べ室のドアが開いた。
勢いづいた体を止めることが出来ずに、あたしの上半身は机にぶつかる。

ゴッ

「いてっ……」

頭をぶつけた。

涙目になって顔をあげると、新しく部屋に入ってきた男が笑いかけてきた。

「おっ。可愛らしい女の子じゃないか。いいぞ、トシ。俺は、この子の入隊に賛成だ」

「顔で決めんのかよあんたはアァァっ!!!!」

沖田さんを追い回す手を止めて、マヨが叫んだ。
全く本当にボケ合いツッコミ合いの絶えない人たちだ。
新しく入ってきた男の人は、先ほどマヨラーが座っていた席に腰掛け、にこにこと笑う。

「はじめまして、ちゃん。真選組局長の近藤勲です。
ちゃん、真選組に入る気ねェかなぁ??」

「はぁ……」

これが、部下より弱い局長。

優しげな表情をしている。
爺さまとは、正反対だ。

あたしは、数十秒間黙りこんだ。
マヨラーと沖田さんが椅子に座りなおす。

入るか否か、悩むところだった。
特に出所した後のあてがあったわけでもないから、就職先ができるのは嬉しいことだ。
――でも、その仕事が、真選組だ。
別にこの局長が嫌なわけでも、マヨラーが副長なのが嫌なわけでも(あたしはお好みソース派だけどね)、姉さんのことで山崎さんを怨んでいるわけでもない。
ましてや、あたしを闇から救い出してくれた沖田さんの側にいたくないはずがない(あれ、日本語おかしい??)。
あたしが真選組に入るのを躊躇している訳は、一つだけだ。

「……真選組に入隊すれば、また人を斬らなければならなくなるでしょう」

局長さんが黙ったまま目を伏せた。
マヨが手のひらの中でライターを弄び、山崎さんがうつむいた。
沖田さんはただ一人、表情も変えずに貧乏揺すりを続けた。

「もう、人を斬りたくないんです」

それだけで、真選組の入隊を蹴るための充分な理由になった。

ふぅとため息をつき、局長さんが瞳をあげた。
仕方なさそうに笑っている。
あぁ、この人は本当にいい人なのだろう。
その表情を見て感じる。

「そうか、それなら仕方ないな。残念だが諦めるさ。……また気が変わったら声をかけ――」

「待ってくだせェ」

早々に立ち上がろうとした局長さんを、沖田さんの言葉が遮る。
ギッコギッコと椅子を鳴らすのをやめ、あたしを見据える。

「悪ィが俺ぁまだ諦めがつかねぇんでィ。近藤さんら、ちょいと先帰っててくれませんかい??
俺一人で説得してみまさァ。――それで無理ならキッパリ諦めやすんで」

あたしから目を離さず、そう言う。
言われた通りに真選組の人達は立ち上がって、部屋から出ていってしまう。

待ってよ、あたしも連れていってよ。

ガタン……
沖田さんが椅子に座りなおして、微笑った。

「やっと二人きりになれやしたねィ」

その瞳に射抜かれたら、あたしはなぜか瞬きすらできなくなってしまった。

なんだろ、この感じ。
憎しみでもなく、愛しさでもなく、ただひたすら威圧される。

――わかった。
怖いんだ。
あたしはこの人が怖くてたまらないんだ。

「……さて」

あたしの怯えを他所に、沖田さんは頬杖をつく。
そして、リラックスした口調で言った。

「命令でィ。真選組に入隊しろ」

「………嫌で」

バンッ
断ろうとした瞬間、机が激しく叩かれた。
思わずビクリと肩が跳ねる。

「――いってェいつまで甘えたこと言ってるつもりでィ」

……どうしよう。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
やだ、今すぐここから離れたい。

でもそれはできなかった。
何故ならあたしの両手は手錠で繋がれていて、逃げようとしてもすぐに捕まえられてしまうからだ。
この、殺気をたてまくっている男に。
先ほどまでの無表情とは打って変わって、目の周りの影が濃くなっている。
視線も冷たく、口調まで厳しかった。

「おい、『氷姫』。てめェ今までに何人殺してきた??」

「覚えて、ない……です」

ヤバイ、怖い。
ほんと怖い。
なんでこの人がこんなに怒ってるのかがわからないだけ、余計に怖くなる。

「わかってるだけでも百三十八はいらァ。表に出てない分も数えたらいくらになんだろうなァ??」

「………」

あたしはうつむく。

斬った数なんて、覚えていない。
まずあたしは、百三十八人もの人数を殺してきたことが政府に知れわたっていたことにさえ、驚愕を隠しきれていないのに。

相手は唇を歪めて笑って、続けた。

「そのうちの六十二人が巻き込まれたり、ただ家族だったというだけの、善良な市民でィ。
――そいつらのために罪を償おうとは思えねェんですかィ??」

「………」

何も言えずに唇を噛む。

だって、あたし知らないもん。
あたしは爺さまに言われるままに人を斬っただけだし、もし逆らったりしたら殺された。
仕方ないじゃん。
だってどうしようもなかったんだもん。

真選組に入ったって、やることは一緒だ。
上の命令通り戦うだけじゃん。
だから嫌なんだよ。

「確かに、俺たち真選組も言ってみればてめェらと同じ人殺しでィ。
……だけどな、背負ってるもんが違うんでィ」

その言葉にあたしは視線をあげる。

違う?? 何が違うと言うんだ。
穣夷志士にしろ真選組にしろ、国を背負って戦ってるんだ。
穣夷志士と真選組の違いは、どちらが一般的に悪でどちらが一般的に正義かという点だけだ。
……一緒だよ、そんなの。

「俺たちはいざって時には市民を第一に優先して守らねェとなんねェ。それが仕事だからな。
――だがてめェらはどうでィ?? 何か起きたら真っ先に市民のところに駆けつけて助け出すか??
違うよなぁ、きっとてめェらは、その『何か』を起こす側の人間だろィ??
わかるか、てめェらのやってたことは結局自己満足なんでィ。
お国のために国民殺してなんにならァ。なんにもなりゃしねーだろィ」

「……そんなの知らない」

絞り出すようにして声を出す。

「あたしは国が変わろうが変わるまいが、どうだっていい。関係ないよあたしには。
あたしはただ、姉さんが幸せだったらそれでよかったんだ」

「……その『姉さん』のためだったら他人が何人死んでもいいと??」

「……………うん」

へぇ、と沖田さんは顎をあげた。
形のいい唇が、皮肉の言葉を紡ぎ出す。

「姉の為ならなんだってできるってか。……大した兄弟愛なこって」

そうだよ。
あたしは自己中で、他人の事なんて顧みないし、むしろ進んで人を斬っていたくらいだ。
だからこそ、償いの為にも、もう戦いなんてしたくないんだ。

「――それじゃ償いになんてなりゃしねェよ」

沖田さんの言葉が胸に刺さる。

「償いっつーのはな、てめェが殺した奴らの家族とかを、てめェが命張って守ったりすることを言うんでィ。
誰もてめェが斬り合いから逃れてのうのうと暮らすことなんざ望んじゃいねェ。
『奪う』ためだったてめェの剣の腕を、今度は『護る』ために使ってみやがれィ」

「………」

黙ってうつむくあたしに視線を投げかけて、沖田さんは両足を机に載せた。
そしてそのままニヤリと笑う。

「俺についてきなせェ。奪うばかりが剣じゃねェって事を教えてやらァ」

その堂々とした仕草に思わず見とれる。
飄々としていて、つかみどころがなくて、それでいて芯が強い。
かっこいい、と素で感じた。
気が付けばあたしは頷いていて、――それと同時にこの人に心奪われた事を知ってしまった。
知らないですんだらどれほど気が楽だっただろう。

まぁ、だからと言って何かが変わるわけでもなく。

「――よし、交渉成立でィ。それじゃとっとと出所しやすぜ、
てめェの荷物は全部屯所に参考物として運び込まれてらァ」

名前を呼ばれたことに胸を高鳴らせながら、伸ばされた手をとる。
手錠がガチャリと音をたてて外された。

「……屯所??」

「真選組隊士の家みてェなもんでさァ。てめェもそこに住むことにならァ。
女子だから個室だし、食堂付きだし、なかなかに便利でィ。食堂はそうだな、大抵のもんなら作ってらァ」

「……お好み焼きは??」

一瞬目をぱちくりとさせたあと、沖田さんは答えた。

「さぁなァ、マヨネーズが大量にかかってねェのだったら、あるんじゃねェかィ??」

記憶力のない女にろくな奴はいない


夜明け前うなされ
夢は君と永久の別れ
窓の外は荒れ狂う町  noize
光待つ Everybody

やがて静かになるまで一人で
嵐の中を飛ぶ翼もない
でもすでに思い 君しか見えない

君は太陽
涙も乾かせる輝くInocent
苦痛だって倒れたって
その笑顔の為なら大丈夫
Ready for raising sun


君と出会えたことさえ
定め定め定め定めと
信じていこう
工程未定これだけは決定

ゴールは五里霧中の混沌Feel
遠いが微かに見える光が
君の微笑み

東方神起 Raising Sun より

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あとがき
現実逃避第二だーんっ
って言ってもこれ公表するころにはもう結果でてるだろけどさ

沖田さんが怖かったです
自分で書いててもうやめてあげて、みたいな言いたくなりました
まぁかっこいいから許すけども

あと前回説明しそびれたんですが、このシリーズは毎話歌詞をつけます
だいたいはその話の中身に添ったもの
東方神起でそろえたいなとか画策してます((オイ
02月02日 桃