好きだとか簡単に言えてるうちは恋に恋するお年頃

あたしが真選組に入隊してから一週間が経った。

それなりにいろいろとジェンダー絡みで隊士たちといざこざはあったが、
あたしがそいつらを全員竹刀でぶちのめしたらもう誰も何も言わなくなった。

しかし、まだ何人かは女の隊士がいるということに反感を持っているようだ。
例えば、参謀の伊東さんとか。例えば例えば、一番隊の神山さんとか。
……あれは、沖田さんへの独占欲が顕れただけか。

――まぁそれも仕方ない。
所詮あたしは女だし、いくら強いといっても(自分で言っちゃう。あは)所詮女なのだ、
嘗められもするだろうし、見下されもするだろうし、バカにもされるだろう。

本当に、仕方のないことだ。
……とは思ってるんだけどさぁ。

あたしは顎をクイッとあげて、半眼を作った。

「いーかげんそういうのやめてもらえませんか?? ――神山さん」

あたしの部屋の前で、瓶底メガネの男の人がビクリと肩を震わせた。
右手は部屋の襖にかかっている。

「不法侵入っていうのかなぁ……そーいうの。
よく分かんないんだけど、とりあえずプライバシーの侵害だと思うんですよねー」

あたしは頭を掻きながら言った。
この人はここ一週間ずっと、あたしの部屋に侵入してきている。
別に何か盗られたりした訳ではないが、他人が侵入しているとわかっていていい気持ちはしない。

じとーっと睨めつけてやると、神山さんは慌てたように両手をあげた。

「ぬ、濡れ衣ッス!! 俺が隊長以外の人の部屋に侵入したがる訳ないじゃないっスかっ!!」

「沖田さんならいいのかよ。――っていうかさっきの手はなんですか、確実にあたしの部屋の襖にかかってたじゃないですか」

この後に及んでまだしらをきるつもりなのか。
うーん、どうしたもんだろう。

一瞬だけ悩んで、あたしは背の刀に手を伸ばした。
そしてにっこりと笑いかける。

「――立ち話もなんですし、のんびりゆっくりお茶でもしながらお話を聞かせていただきましょうかねぇ、神山さん……??」

笑顔のまま、それともと続ける。

「今ここであたしが、あなたを不法侵入者として切り捨ててもいいんですけどねーぇ」

「…………」

神山さん、何も言わずにホールドアップ。
そしてそのままあたしは彼を部屋に招き入れた。

狭い、四畳間だ。
本来は女子部屋なのだろうが、あたし一人しかいないので狭くとも自由に使わせてもらっている。
あたしの荷物も大して多くないので、生活に不便はない。
――少なくとも、雑魚寝のひらの隊士よりはましと言えるだろう。

一枚しかない座布団に神山さんを座らせ、あたしはその目前に胡座をかく。

「で、なんで侵入しようとしてたんですかー」

決まりが悪そうにうつむいている神山さん。

「ねぇ、ひょっとしてあたしに惚れちゃってたりします??」

けらけらと笑いながら畳み掛けて聞くと、やっと神山さんは視線をあげてくれた。

「……そういうわけではなくて」

ありゃ。
あっさりと、真っ先に否定されてしまった。
ちょっとショック。別に期待もしてなかったけど。

「俺はただ……沖田隊長が惚れた女がどんな女なのか知りたくて……」

「はぁッ!?」

あたしはすっとんきょうな声をあげた。

何だって??
沖田さんがあたしに……惚れてるって??
い、いやいやいやッ。

「ないないないっ!! 絶対ないっ!! それ絶対あんたの勘違いっ!! 被害妄想っ!!」

あれーぇ、被害妄想ってこういう時に使うんだっけ。違ったっけ。
果てしなく違う気がしてきたが、まぁあたしの頭が弱いのは今に始まったことじゃないしー……。
どう悩もうが正しい使い方なんて思い出せようがないんだから、スルーしよう。

「――とにかく、そんなことは有り得ません。絶対に、断言できます」

「――でも」

神山さんはなおも食い下がる。
何がでもなんだよと睨み付けようとしたが、それに続く神山さんの言葉に絶句した。

さんは、隊長のこと好きッスよね」
「……………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………………………………
……………………………………………………………………………………………………………」

たっぷり三十秒間、黙っていてから、あたしは口を開いた。
返事なんて決まっている。

「んなわけないじゃん」

それは今のあたしに答えられるただ一つの返答だった。

「なんであたしが沖田さんを……っていうか、それ以前に男の人を好きになるんですか。
言っておきますけどね、あたしは今まで異性を好きだと思ったことがありませんし、愛してると思ったこともないです!!」

「でも――」

「何がでもなんですか。デモもストもありません!! 
……確かにあたしは沖田さんがすごい人だと思うし、一生ついていきたいとも思いますけど。
好きという気持ちがないとは言えませんよ??――だけど」

あたしは壁にもたれかかって、ため息をついた。

まさかだ。
あたしってそういう風に見えてたんだぁ。

「そういう『好き』じゃないことだけは、断言できます。
これからどうなるかは知りませんけど、今あたしがあの人に抱いている感情は、『憧れ』と『羨望』と
……それから『畏怖』、それだけです」

「…………」

神山さんは何も言わずにうつむいた。
納得はしていないだろう。
それは、仕方がない。

張本人のあたしでさえ、今の言葉に不足があることを感じているのだから。
さっきも自分で言ったように、沖田さんに恋をしているかと言えば――否。
だけど、その一歩、いや五歩くらい手前の位置に、あたしは立たされている。
ちょっとした言動ひとつで白にも黒にも変わる、そんな、曖昧な状態。

あたしははっきりしないことは苦手なので、この一週間なんとか気持ちを整理しようと努力したけど、こればっかりはどう頑張ってもダメだった。

「まず、異性との交流がなかったからね」

「……??」

「いや、こっちの話です。……それより、どうして沖田さんがあたしのこと好きだなんて思ったんですか??」

今後のためにそれは是非聞いておきたかった。
身をのり出して問いかけると、神山さんは少し戸惑いながら口を開いてくれた。

「隊長は、あんまり他人に興味を持たない方なんです」

「……はい」

それはわかる。
一人で勝手に物語を進めていくタイプだ。
他人の力などこれっぽっちも必要としない。
マイペースと言えば聞こえはいいが、あの場合ゴーイングマイウェイと言った方が相応しい気がする。

「その隊長が……、副長の座にしか興味がない隊長がっスよ??
わざわざ刑務所まで行って、お偉方と交渉して、真選組隊士全員を黙らせてまでして、
元穣夷志士の、齢十六のそこまでめちゃくちゃ可愛いわけでもない、
ただ強さだけが自慢の頭が弱い小娘を真選組に入れようとするなんて……」

「………」

ていうか神山さん。
あなたあたしのことバカにしてますー?? てかしてるだろ斬り殺してやろうかこのヤロー。

本気でそう思って刀に手を伸ばしたその時だ。
いきなり襖が開いて、沖田さんが顔を覗かせた。

「た、隊長ッ!! こんにちはっ!!」

「……あぁ、神山。なんでこんなとこにいやがんでィ」

「それは……」

「――それより、巡回行くんでついてこねェか??」

神山さんが答えようとしたのを遮って沖田さんが言う。

自分から質問しといて……。ほんと、なんて自由な人だろう。
呆れ半分尊敬半分で、あたしは沖田さんに視線を向けた。

「嫌ですよ。今日あたし非番ですもん」

「……お好み焼きおごってやらァ」

「乗りました」

あっさりと答える。

神山さんが恨みがましくこちらを見てきた。
しかたないじゃぁん?? この世でお好み焼きの誘惑に勝るものなんてなくてよ??

そしてあたしは立ち上がって神山さんに一礼する。

「では、神山さん。あたしは行きますんで」

「………………………………」

「…………」

無言で睨まれた。

――ま、仕方ないか。
もう神山さんは無視することにして、あたしは部屋を出た。

刀は二本とも持っているので、例え神山さんが野心を起こしてあたしの私物を盗んだとしても、問題はない。
盗まれて困るものなど、刀以外にないからだ。

屯所を出て、沖田さんと並んで歩く。
ふと、沖田さんを見ると、ばっちり目があった。

「…………」

「……何でィ」

「……イエ、なんでもないデス」

「何でェ。変な女でィ」

「……うぃ」

ダメだなぁ、あたしは。
さっきは神山さんのいうことをめちゃくちゃ否定していたというのに。
――いざ、二人きりになったら意識してしまう。

『隊長が惚れた女』……それが本当にあたしなのか、気になって仕方がない。
いや別に、沖田さんがあたしのこと好きだからって何かが変化するって訳じゃないけどさぁ。
やっぱねー、なんか気になるじゃん。そういうもんじゃん。

「…………」

沖田さんが急にぐいと顔を近付けてきた。

「――な、……なんですか??」

「……さっき、神山と何話してたんですかィ??」

ぎょ。いきなりそれですか。
あたしは目を逸らして問いかえす。

「なんでそんなこと聞くんですか??」

「気になるからでィ」

「…………」

率直に答えられてしまった。
少し考えて、正直に答えることにする。
わざとおちゃらけた様子を作り、にへらっと笑う。

「えっとですねー、沖田さんがあたしのこと好き、って話を聞きましたーぁ」

「…………」

沖田さんは黙っている。
ぬぅ。そこで黙られたら困るんだけどなーぁ。

「……えっと、ホントなんですか??」

思わず聞いてしまう。
しまった、とかなんとか思ったけど、もう遅い。

沖田さんは足を止めて、こちらを向いてにやりと口端を上げて笑った。

「好きでさァ。そりゃもうどうしようもねェくれェに」

「…………」

「本来なら皆殺しにしたところをてめェだけ助けたのは、そういうのも作用してたんでィ。
まぁ、一番の理由は、てめェが、てめェの意志で殺戮してるように見えなかったってことですけどねィ」

まるで他人事のように淡々という沖田さん。

「――でもまぁ、神山の言ってる『好き』とは違う気がしやすね。
俺ァ別に、と付き合いてェとか手つなぎてェとかキスしてェとか、そういう願望がある訳じゃねェから」

「……それは」

それは、あたしと一緒じゃないか。
沖田さんにどうしようもなく惹かれて、惹かれて惹かれて仕方ないんだけど……、
これが神山さんの言う『好き』なのかと問われれば違う。

あたしも、この機を逃すまいと口を開いた。

「あたしも、そうです」

再び歩き始めながら、沖田さんがこちらに視線を向ける。
それを追いかけ、あたしは続けた。

「あたしも、沖田さんのこと好きです。好きで好きで好きで、どうしようもないくらい。
沖田さんについて行きたいと、心の底から思う。一緒に戦いたい。大好きなんですよ。
――でも、やっぱりどこか『違う』んですよね」

なんとか沖田さんの横に並んで、歩調を合わせる。
結構早足で、苦労した。

「あたしにはまだ、わかんないんです。男の人をそういう風に見たことがないから。
……まぁ、ただ言えるのは、あたしがいつか誰かを『好き』になったら、それは沖田さんだって事ですね」

だから、覚悟しといてください。

そう言って笑いかける。
沖田さんも少し笑った。

「そりゃありがてェことですねィ」

「でしょー??」

うふふ、とあたしはほくそ笑んで辺りを見回した。
よし、異常なし。今日は江戸は平和だ。

「俺も多分、そうですぜィ。俺が誰かを好きになるとしたら、その相手はきっとでさァ」

それは、あたしにとって最高級の言葉だった。
その言葉さえ聞ければ、何もかもを投げ捨てられるほど。

嬉しくって恥ずかしくって歯がゆくって、あたしは照れ隠しに頭を掻いた。

「あたしと沖田さん、まるっきり一緒ですね」

「そうですねィ。……いや、一点だけ違いまさァ」

「………??」

あたしは首をかしげて沖田さんを見た。
違いなど、今までの話には出てこなかった。

は俺が神山とかを引き連れていても、特に何も感じねェだろィ??」

「……はぁ、まぁ……ねぇ」

何が言いたいのかが分からない。

感じるも何も、部下がいたら引き連れるだろう。
あたしにとっての隆次郎みたいなものが、たくさんになっただけのこと。
そしてあたしもその中の一人になった、という、ただそれだけだ。

「そこの違いでさァ」

「……はい??」

「俺ァ、例えば神山が二番隊に移ったとしても、別に何も思わねェ。他の奴等も同様でィ。
ただ、てめェは別でィ。もしが他のやつの下に就くことになろうもんなら、俺ァそれを全力で阻止するぜ。
てめェが何を望んでようとな。――が、俺以外の男に従うことなんざ、俺が許さねェ」

分かったか?? と鋭い視線を向けられ、あたしはごまかすように笑った。

「じぇらしぃ、ってやつですか??」

ふ、と沖田さんが柔らかく笑う。
その笑顔に、不覚にも見とれてしまう。

「そんな可愛いもんじゃねェよ。――俺のは、もっとタチが悪ィ」

一方的な独占欲でィ。

変わってく 溺れてく
君はもう 僕のもの
I got you under my skin
壊れてく 溺れてく
君はもう 逃げられない
I got you under my skin
東方神起 呪文~MIROTIC~ より

好きだとかとか簡単に言えてるうちは恋に恋するお年頃


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あとがき
うん、なんか疲れました
なんか勝手にみんな暴走していくんだもん
スケットダンスのロマンちゃんみたいな
あーあーあー東方神起頼むから解散しないでっ((関係ねェよ
03月08日 桃