罪深―ツミブカ―1

ピリリリリ……

薄暗い中、卓上のケータイが音と共に振動する。

その音を聞いてあたしは薄く笑った。

あたしのケータイは、電話番号を2つ持っている。
ひとつは通常生活用で、高校にはその電話番号を届けでている。
もう一つは仕事用だ。

通常生活用にかかってきた時は着メロが鳴り、仕事用の時はベルが鳴る。
従って、今回は仕事の電話だ。

手を伸ばしてケータイを取ると、すぐ横で何かが体を動かした。

『う、ぁ……』

それは怪訝げに、すがるようにあたしを見る。

あたしはそれに笑顔で応えた。

「そうだよ、お仕事だよ」

『ぁ……』

そうとだけ呟いて、その『霊』はまた動かなくなった。

その間もベルは鳴り続ける。

「――もしもし」

『……呪い屋の方ですか??』

綺麗な澄んだ声だった。
男か女か、判別はできない。

「はい、そうです。依頼ですか??」

『はい』

「依頼内容は??」

横で、パラパラと紙がめくられる。

先程の霊がメモ帳をめくり、まっさらのページを開いた。
カチカチとシャーペンの芯を出す。

『霧氷透という魔法律家を暗殺して欲しいんだ……』

さらさらと、霊が依頼内容をメモした。

「分かりました。暗殺ですね??
……少々お代は高くなりますが」

『いいよ。ムヒョを殺るのは、きっと大変だから。
……お金を払うのは、成功してからでもいいかな??』

「問題ありません。……それと、ターゲットがあたしの手に負える方ではなかった場合、
依頼自体をなかったことに致しますが、構いませんか??」

『構わないよ……。僕は君を、試しに使ってみるだけだから』

言ってくれる。
あたしは苦笑する。

霊が苦しそうにうめいた。

『ぁ…ころ、ぉ、す……??』

プライドを傷つけられたらしい。

あたしは手を伸ばして霊を撫でる。

「やめときなよ、無駄死にだけは避けたいから」

『それがいいよ。僕を殺すのは、ムヒョを殺すのより難しい』

依頼人が言ってくる。

「――でしょうね。ところでクライアント、お名前は??
あと、魔法律とは何ですか??」

『宙継円だよ。魔法律ってのは……そうだね、
霊を裁く法律みたいなものかな??』

「分かりました。
御依頼、承りました。
仕事が成功し次第、お電話します」

『待っているよ……』

プツ、音をたてて電話が切れる。

ケータイをぽいと放り出して、あたしは立ち上がる。
途端に五、六体の霊が姿を現し――あたしの周りに集まった。

「さぁてみんな、お仕事だよ。
まず手始めに標的の調査ね。
『霧氷透』って魔法律家を調べてちょうだい」

言い切ると同時に、それらはそれぞれ他方に散らばっていった。

わりと多めの霊をやったから、明後日頃には大半の情報が入ってくるだろう。

「よし、じゃあ」

あたしは横にたっている霊を見上げて、にっこりと笑う。

「昨日受けた仕事を、こなしに行こうか」

『ぁ……?? ころ、す??』

「殺しちゃダメだよ。今回の仕事は、あくまでも『取り憑く』だけだから」

『ぅ…と…とりつく……』

「そう、取り憑くの。じゃあ出かけようか」

コートを羽織り、帽子を目深に被る。
人目を避けるためだ。
両脇に二体の霊を従えて、あたしは微笑んだ。

「さぁて……、最凶にして最悪のパンピー、さまの出陣だよ」





――それは固有名詞であり、呪い屋の代名詞でもある。

生まれながらにして見鬼――すなわち霊視――の才を持ち、
その身は化生を特に寄せ付ける『憑巫』で、
そして尚且つ強大な煉を持つ
史上最凶の『一般人』。

齢十にして自身の体質をほぼ理解し、
受け入れた彼女は自身をこう称した。

『最凶にして最悪のパンピー』

それは一番彼女に見合った称号であったが、
多少の誇張と謙遜が含まれていることも否めない。

言うなれば彼女は、
最強で最弱で最凶で最吉で最高で最低で最良で最悪の
一般人だったのだ。

霊媒体質のせいか、彼女は幼い頃から霊と関わる機会が多かった。

そしては気付く。
大半の霊たちが、自身に服従していること
――自身に、霊を従える能力があることに。

その時は十歳で、無邪気で無垢で無防備な子供たちが、と自分たちとの違いに気付くには充分な年齢だった。
無邪気で無垢で無防備で無謀なクラスメイトは、明らかに自分たちとは違うを迫害した――。

そしてその結果、は一瞬のうちにしてクラスメイト全員を失うこととなった。

公式な記録の上では、のクラスメイトはを含め全員が行方不明――。

は夜の闇に紛れて町を出て、
クラスメイトについては……、各々の想像におまかせするとしよう。

そしては多くの霊を従えたあと、呪い屋を開業。
呪い屋の存在はネット上でのみ囁かれる。

誰か呪いたい相手、死んで欲しい相手がいるものは、こぞってに電話をかける。

依頼を受けたは、自身の霊を使ってその仕事を完遂させた。
今までに、完遂できなかった仕事などはない。





「あ、ターゲット発見だよ」

『…さわぁ、る……??』

にっこりとあたしは笑い、指示を出した。

「うん、彼女に取り憑いてちょうだい」

『とり……つ、くぅうっ』

一体の霊が動きだし、夜道を歩くターゲットに近づいていく。

ターゲットは高校の制服を着た女の子だった。
霊は、ターゲットの後ろにべったりとはりつく。

――途端に少女の顔色は悪くなり……、膝はガクガクと震え出す。

「う……っ、げ、ほ……」
地面に座りこんで、口元を覆って、吐いた。
何度も何度も、胃液しか出てこなくなるまで。

少女の目には涙が浮かぶ。

「……うっ、げ、は……」

「アヤ……っ!!」

道の角から少年が飛び出してきた。
アヤと呼ばれた少女に駆け寄る。

あたしは少年を見て、霊が事前に調べてきたデータに、その少年のことが記載されていたことを思い出した。

「三浦アヤの恋人、山岡大樹……」

「大丈夫か!? 来るのが遅いから、心配で迎えにき…」

その瞳がアヤから一瞬離れ、遠くの方に立っていたあたしに向いた。

「……ちっ」

見られたか。
軽く舌打ちをして、霊に指示を出す。

「姿、現して」

『ぁ、あ……』

返事と共に、霊が姿を現した。
今なら、見鬼でなくともそれの姿を見ることができる。

山岡大樹の視線が、霊に移った。

「え……、おい、なんだよこれ……」

目が見開かれ、後ずさる。
アヤが山岡の様子に気付いて、苦しそうに振り返り……、

『あ、う……?? ころぉ、す……??』

「いやあぁぁあぁっ!!」

霊の姿を見て、山岡が気を失い、アヤも意識を手放す寸前で、呟いた。

「な、んで……っ」

なんでこんなことに。

その台詞は今までに何度も聞いた。

ターゲットが、依頼人に恨まれていることを知らないケースは多々あった。
ましてや、今回のような逆恨みの場合は、
ターゲットがなぜ自分がこんな目にあっているのか、理解するのは困難だろう。

「ま、どうでもいいけど」

いずれにせよ仕事は完遂した。
ケータイを取りだし、クライアントに電話をする。
プルルルル……

『もしもし……』

「呪い屋ですが、たった今、ターゲットに霊が憑きました。
何者かに除霊されない限り、彼女は一生霊に憑かれたままです」

そう伝えると、クライアントは嬉しそうに笑った。

『うふ、あはは……。いい気味……、あたしから吉田くんを奪った罰よ……』

吉田くん。それはアヤの恋人とは違う名前だった。
恐らくターゲットは、依頼人の想い人である吉田とやらに告白でもされたのだろう。
しかし山岡の存在から、アヤはそれを断る。

そして……クライアントはターゲットを逆恨みするようになったのだろう。

三浦アヤには同情するが、仕事なので手抜かりなくやらせてもらった。

まぁ、夜の12時に一人で道歩いてる方も悪いって事で。
あたしは地面に倒れているアヤと山岡に背を向け、にっこりと笑う。

「それでは、お客様。呪い料5000円を口座に振り込んでおいてくださいね」




「――『人体無断寄生』の罪により、『魔列車』の刑に処す」

ムヒョがそう言い切ると同時に、
アヤにはりついていた霊は列車から伸びてきた手によって引き剥がされた。

『……ぅ、あ……??』

「ヒッヒ」

ムヒョが笑う。

「こいつ、今の状況全く理解してねェぜ」

その言葉通り、霊は暴れる事なく列車に引き寄せられていく。

その表情は、まるであどけない子供のようだった。

「解るか?? てめーは今から地獄に堕ちるんだよ」

『――ぁ?? じ、ごく……??』

子供のようにその言葉を反復し……、霊は列車に取り込まれる。
最後の瞬間に、呆然とした風に一言だけ呟いて。

『…ぅ、…あ…………』

「…………」

魔列車が走り出し、ロージーが安心したように声をあげた。

「無事終わったね!! アヤちゃん、大樹くん、もう大丈夫だよ」

その言葉を聞いて、アヤがぺたんと床に座りこむ。

そのまますすり泣くアヤの肩を抱き、山岡が呟いた。

「どうして、アヤがこんな目にあったんですか??」

「……え」

ロージーが言葉を無くした。
もう一度、責めるように問いかける。

「なんで、何もしてないアヤがこんな目に……ッ」

「ム、ムヒョぉ……」

途方にくれるロージーを余所に、ムヒョはクククと笑った。

そして視線をあげ、言う。

「被害者面してんじゃねぇ、カス」

「―――ッ」

山岡の表情が急変したが、気にする素振りもなくムヒョはさらに畳み掛けた。

「夜11時に一人で道歩いてて、何もしてねぇとはな。
そんな時間に彼氏に何の用だ??
いちゃつくのは勝手だが、遊ぶなら昼間にしとけ。
霊が出やすい夜なんかにバカなことすんじゃねぇ、アホが」

「………っ!!」

アヤが目を見開いて、泣き出した。

それを横目でちらりと見て、ムヒョは歩き出す。
慌ててロージーが後を追い、困ったようにムヒョを責めた。

「ムヒョ、今の言い方はひどいよ!!
アヤちゃん、泣いちゃったじゃないか」

「ヒッヒ。バカにバカと言って何が悪い??」

悪びれもせずムヒョは言う。
ロージーが諦めたようにため息をつき、ムヒョはまた違った理由で眉を寄せた。

「それにしても妙だナ」

「…何が??」

「さっきの霊だ。
人間に取り憑くヤツらは大抵、何らかの理由があって取り憑いてる。
怨みとか、個人的な執着とかナ。
――だが、さっきのヤツはそれらを全く表に出さなかった。
それだけじゃねぇ。アイツ、
自我ってヤツをこれっぽっちも持ってなかった」

大抵の霊は皆、自分の意思を持っているというのに。

――これでは本当に、アヤが襲われた理由の説明がつかない。

「え、でも最後に何か言ってたよね」

「『』だロ??
まぁ誰かの名前だろうが……、一体どこのどいつだ??」





「さて、と……」

夜中2時。あたしは目を覚まして伸びをした。

ふあーぁ、と大きなあくびをしたあと、立ち上がってコートを羽織る。

「そろそろ胤の回収行くよ、穹」

『うん……』

穹と呼ばれた霊は静かに、あたしの前にたち……、羽を広げた。

胤というのは先程ムヒョに罰された霊の名だ。
あたしは自分の仲間の霊全てに、自作の名を与える。
それが契約の証となる。
穹はそらと読み、大きい、または天空といった意味を持つ。
その由来は穹が翼を持っていて、大空を翔ぶことができるからだ。
背にあたしを乗せ、穹は空を駈る。

「………??」

三浦アヤの家の側まで来て、眉を潜めた。
胤の気配が……、いやそれどころか霊の気配が一切ない。

「どういうこと??
時期的に、まだターゲットは臥せってるはずだから、家にいるはずだし……」

しばらく悩んだあと、穹に告げる。

「ちょっと三浦アヤの部屋見てきてくれる??」

『うん』

穹が頷いて、飛び上がる。
数秒後に戻ってきて、答えた。

『いたよ……。でも、胤は……』

ふるふる、と頭を振る。
という事は。

嫌な予感がした。
考えたくないのに脳みそは最悪の予想を叩き出す。

「祓われた……??」

『嘘だ……っ』

穹が息を呑む。

『嘘だよね?? だって今までこんなこと一度も……っ』

「でも、それ以外に説明できない……」

呆然とあたしは言う。
今までずっと、誰かに霊を憑けたあとは、
毎回あたしが回収に来ていた。
喚べばいくらでもやって来るとはいえ、
毎回新しい霊と契約を交わすのはめんどくさいとしか言いようがないからだ。

再利用と言えば聞こえは悪いが、そのようなものだ。
大抵の依頼人は一度不幸が起きるだけで満足したし、
もし何か言われても知らぬ存ぜぬで通せばいいだけの話だった。

だからいつも、一度憑かせたあと、次の日には回収に来ていたのだ。

「なんで、よりによって胤が……っ!!」

頭を抱えて嘆く。

あの子はまだ子供の霊だった。
悪意こそ持っていたものの、
物の分別がつかないような年頃だから仕方がないと思っていた。

……』

「できるなら、成仏させてあげたかったな」

『うん、、あのさ……。
僕思うんだけど、これって魔法律家とかいう人の仕業じゃないかな』

穹がおずおずという。

『だって、ホントに霊を祓う人なんて、存在するのかわからないでしょ……。
だけど、昨日の依頼人は魔法律家の存在を認めた…』

「………」

穹の言葉を受けて、あたしは記憶をたぐり寄せる。

――魔法律ってのは……そうだね、霊を裁く法律みたいなものかな??

「霊を裁く…法律……」

は、とあたしは笑う。
なるほど、それで裁かれた訳ね??
どこの誰だか知らないけど、やってくれるじゃない。

「……く、あは、あははははっ!!
ありがとう穹、確かにそうだわ。
ホントにその通り!!」

一頻り笑って、あたしは視線をあげる。
そして穹の背に飛び乗り、行き先を指定した。

「南東の方向1.5km先に霊気が複数あるから、そこに行って」

『……何をするの??』

心配そうに聞いてきた穹に、笑顔で説明する。

「――20匹程の霊と、契約する。
それが終わったら魔法律家探しだよ。
この辺一帯の魔法律家、全員調べて、胤を殺ったヤツを探し出す」

そうしたら次は――

「弔い合戦の始まりだよ」

罪深―ツミブカ― 1


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あとがき
意味不明ですみません
とりあえずムヒョが
書きたかったんです
それだけです
08月09日 桃